それはきっとドミノ倒しのようなもの
始まりはとても小さな音で
「ほら、あの子よ両親がいないんですって・・・」
「あぁ。実家に預けて音沙汰無いっていう?」
「あら、私は親御さんは亡くなったって聞いたわ」
「何にせよ得体の知れない・・・」
「そんな子とうちの子を一緒に遊ばせるわけにはいかないわ」
「えぇ。ほんと」
子供は大人のそんな内緒話をどこかで聞いて、大人の真似をするように
そんなちょっとした遊びのように広がったのだ
い*ち*と*せ-螳螂生-
もう既に始まっていたパーティーはが入った途端、ざわめきが広がりそして一瞬の沈黙・・・最後にはひそやかな笑いになった
「ちゃんも来たんだ」
「遅れて来たよ。やっぱりちゃんはパパとママがいないから」
「だぁれも起こしてくれなかったんだ」
クスクスと波紋のように広がる笑い声には肩に力が入るのを感じた
(・・・何も、考えていませんでした)
ただ久しぶりに、けんしに話しかけられて嬉しくて嬉しくて。それだけでいっぱいだった
他に誰が来るなんて考えていなくてはクッキーを作っていた時の高揚感などすっかり忘れてしまった
「なんだよけんしー。あいつも呼んだのかよー」
「あ、あいつがどーしても来たいって言ったからしょうがなく招待してやったんだよっ」
小さくても人付き合いというものはある
周りの空気を読むことも合わせるということも、どんなに小さくても学習するのだ
だから、しょうがないのだ
はそう自分に言い聞かせた
「ねえちゃん。この服似合う?」
突然話しかけられて少し驚いたがにっこりと笑顔でスカートを持ち上げる友達にもぎこちないながらも笑顔を作った
「とってもお似合いです」
そう返せばますます嬉しそうに口端が持ち上がる
「ありがとぉ。これね、パパが買ってくれたの」
びくん、と心臓が激しく高鳴るのを感じた
「パパはね、お仕事とっても忙しいけどわたしのためにいっつも可愛いお洋服買ってくれるの。すてきでしょぉ?」
「・・・そう、ですね」
「ちゃんのパパもぉそんな人だったら良いねぇ?」
また、笑い声が聞こえる
「えっちゃんってパパがいたの?」
「うちのママはちゃんのパパはいないって言ってたよ?」
「こどもに会ってくれないパパなんてサイテーだよねぇ?」
そんなことない
パパは外国で遠い場所で一生懸命働いてくれてるっておばあちゃんは言っていた
わたしのために働いてくれてるんだから、って
周りの声を聞こえないふりをしては「けんし君」と呼んだ
名前を呼ばれたけんしはたっぷり間を空けて「な、なんだよ」と返した
きっとわたしは招かざる客、だったのだ
(早く、帰りましょう・・・)
家には久しぶりに祖父も帰ってきてる。またの太陽のような笑顔を見たい
祖母もきっと笑顔でお帰りと言ってくれるに違いない
そうだ。早く帰ろう
鞄からそっとラッピング袋を取り出す
「けいし君、これ」
「な、なんだよ」
「クッキーです」
ちゃんと、笑えてるでしょうか
早起きして作ったクッキー
もし、このまま持って帰れば一緒に作った奈々はがっかりするに違いない
「クッキーだって」
「きっとお母さんに頼んで作ってもらったに決まってる」
「違うよちゃんはおばあちゃんに、だよ」
クスクス声にクッキーを持つ手が震える
早く、早く受け取って
「お誕生日プレゼントです」
動こうとしないけいしにもう一歩近づいて差し出す
「・・・おれに?」
「はい。お誕生日おめでとうございます」
ゆっくりと、けいし君も手を伸ばしてきた
「けいし愛されてるじゃん!」
ぎこちなく伸びてきた手が止まった
「い、いらないよ!こんなの!!」
ぱしん、と渇いた音
手の中にあったクッキーは淋しく床に落ちている
だめ、泣いたら
いくら悲しくてもギュッって心がなっても
・・・痛いです
目に見えない何かが
「」
名前を呼ばれた
「ガキの喧嘩に口出しする趣味は無いがうちのお姫さまには泣き顔より笑顔が似合うもんでな」
どうして、この人が此処にいるんだろう
一度瞬きをしてしまうとパタリ、と生温い水が落ちてきて慌てて袖口で拭った
だって、泣いてはいけない
もし泣いてしまったら認めることになるから
パパのこと
「こら。そんなに擦ると赤くなるぞ」
ふわり、と身体が浮いたかと思うとすぐそばに真っ黒の瞳があった
抱っこ、されてる
「り、ぼーん君・・・」
頑張って名前を思い出して呟いた名前なのにリボーン君は奇妙な顔をした
あ、あれ?
「俺の名前は誰から聞いたんだ?」
「?おばあちゃん・・・」
(ママンの言葉をそのまま覚えたんだな・・・)
何故かため息をつかれた
「その歳で男に泣かされてるなんてツナが聞いたら絶叫するぞ」
ツナ、って・・・
聞き返す前にリボーンはを抱っこしたまま身を屈めて落としてしまったクッキーを拾い上げた
「わっ」
抱っこをされるなんていついらいだろうか
揺れるのに慣れずに思わずリボーンにしがみついた
ふっ、と小さく笑われた
(な、なんでそんなに楽しそうなんですか?)
「坊主」
歩いていた足がピタリと止まる
リボーンがけいしに向き直るのでもけいしと目が合った
気まずい・・・
「覚えときな。人前で女を泣かすのは三流男がやることだ」
わ、ああ・・・
そのまま方向転換
リボーンの言葉が頭の中をぐるぐるしてお邪魔しましたを言いそびれてしまった
「もう泣くな。」
かなり場違いなリップノイズなるものが響く
(・・・ちゅう、されました・・・)
みんながザワザワとしてるのをお構いなしでリボーン君は悠然と歩くのではお邪魔しましたも言いそびれてしまった
「り、リボーン君。私自分で歩けますっ」
「減るもんじゃねぇだろ」
た、確かに・・・
「でもいくらおばあちゃんの知り合いでもこんな間近で泣いた顔見られるのは恥ずかしいです!」
「気にすんな」
何を言っても無駄だ、と悟ったのはそんな言い争いを3回程繰り返してからだった
「何でなにも言い返さなかったんだ?」
「なにも・・・?」
「父親のことだ」
「・・・リボーン君聞いてたんですね」
祖父母には絶対に言わない、という約束ではようやく話しだした
「ほんとは、初めてじゃないんです」
ぽつり、と呟くとリボーンが眉をひそめた
「パパは遠いところでお仕事してるけどわたしのこと大切に思ってくれてる、っておばあちゃんは言うんです」
だからおばあちゃんと二人で寂しいけど我慢してね?そう言って頭を撫でてくれるおばあちゃん
私はその度におばあちゃんがいるから大丈夫です、と答えます
「・・・は父親が嫌いなのか?」
「・・・好きでした。ずっと」
「過去形か」
リボーン君の視線に耐え切れずに顔を埋める
「今は、好き、よ・・・寂し・・・です・・・」
本当は全然大丈夫じゃないんです
みんながパパのこと言うたびに寂しいって思ってました
おばあちゃんがいてもパパに会いたいって思ってました
ぼろぼろと涙が零れてリボーン君のスーツを濡らしてることに気づいた
「ご、ごめんなさいっ」
スーツって高い・・・わ、わたし
「スーツくらいどうってことねえよ」
大きな手が頭を押してまたリボーン君のシャツに顔を埋めることになった
とくん、とくん、と心の音がする
優しい音
「っふ、えっ・・・」
また涙がぼろぼろ零れてしまった
「リ・・・ボーン君は・・・パパのこと知ってるんで・・・す、よね」
「・・・ああ」
「わたしっ・・・は、パパのこと・・・覚えてないんです・・・だか・・・」
パパは、わたしのこと覚えてますか?
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