木登りを・・・否、木下りをしたのは初めてだった

下を見るとなんだか気分が悪くなって目を固く閉じたまま足探りで降りようと試みる

「っ!」

3秒で落下した

手足に、頬に、枝が葉が当たる

(落ちるっ!!)

怖くて、驚いて

(っ!!)

「っう゛ぉぉい!!何やってんだぁ!!」

身体に衝撃が走ったものの地面にたたき付けられた、程じゃない

恐る恐る目をあけると

「・・・あ」

美しい銀色があっという間にぼやけて見えた






い*ち*と*せ-草露白-





かすり傷はチリチリと痛くて心臓はドクドクと煩い

見上げた太陽は眩しくて・・・

唐突に、生きているのだと実感した

閉じ込められた部屋でふわふわと夢をみていた人形のような日々とは違うのだと

視界がぼやけるのは何でだろう

「ち、ちょっと待てぇ!」

何を?

「っ!」

俵担ぎ、という言葉をご存知だろうか

肩に荷物を乗せて運ぶ姿を想像してもらいたい

今回荷物にあたるのがだった

ビュンビュンと周りの風景が流れていく

すごく揺れるし何より肩に担ぎあげられているので景色は逆さまで目が回る

(舌噛みそう・・・!)

ウ゛ァリアークリオティ初体験の瞬間だった

***

何故か車に放り込まれた

「な、泣くなぁ!!」

・・・泣いて、た?

びっくりして瞬きをすると膝に水が落ちてきた

(泣いてた・・・)

痛いくらい勢いよくタオルが飛んできた

これで顔を拭きなさいということだろうか・・・

確かに壊れた蛇口のように涙は止まらない

は素直にタオルに顔を埋めた

お礼を言わないと。そう思って口を開くと同時に車がすごいスピードで動き始めた

勢い良すぎて若干後頭部をぶつけたくらいだ。そして舌を噛まなかったのは奇跡だ

(・・・どこに行くんでしょう)

骸曰く外れない超直感は『危険は何もない』と言っている。怖いとも思わない

信じておとなしく背もたれに寄り掛かった

あっという間に屋敷が小さくなっていくのを眺めながらはやっぱり涙が止まらなかった


***

車が止まったのは出発と同じく勢い良すぎではまたもや後頭部をぶつけた

「ちょっと待ってろぉ!」

はい、ともいいえ。とも言うより先に車のドアが閉められた

「・・・ここどこでしょう」

窓から見えるのは多分お店。沢山の人・・・特に子連れの人達が多い

ガラス越しでも楽しい雰囲気が伝わってきた

涙はまだ止まらない

手足にあちこち擦り傷ができたが泣くほど痛くはない。涙が止まらないのはきっと違う理由だ

拭ってはぼやけて、拭ってはぼやけてを繰り返す

「う゛ぉぉい!!」

「!?」

「泣き止めぇ!!」

「っ!」

・・・つぶらな瞳の巨大なうさぎが車に乗り込んできた

「え、と」

「泣き止めぇ!!」

(・・・びっくりして涙止まりましたけど)

巨大なうさぎが乗り込んできたんじゃない

巨大なうさぎを抱えたスクアーロが乗り込んできた

ぐいぐいうさぎが接近してきてはおずおずうさぎに手を伸ばす

受けとったと言ってもの腕はうさぎ一回りすることなくうさぎに抱き着いた、といった感じである

・・・もしかして、と思う

この人は私を泣き止ませるためにこのぬいぐるみを買ってきたんじゃないかと

一体何と言って買ってきたのか。そして店員さんはどんな顔して接客したのか・・・

・・・

大きな手が頭に乗せられた

「・・・やっと笑ったなぁ」

ぎこちない手がゆっくりと頭を撫でる

力加減がわからない、というのがありありと分かる撫で方だった

(・・・優しい人です)

うさぎのもふもふに埋もれながら心が満たされるのを感じる

優しさに満たされる

「スクアーロ、さん」

ぎこちなかった手が止まった

驚いた顔までされたのでは不安になる

「・・・お名前違いますか?」

「い、いや。合ってるぞぉ」

その後に「俺のこと知ってたのかぁ」と呟かれは慌てた

「覚えてます!」

あの夜のこと、はもちろん覚えている

しかし、助けて貰ったのだと気付いたのは目が覚めてからだった

骸から名前とその後屋敷まで運んでくれたのも彼らだったのだと教えてもらった

「あの夜、助けて貰ったのにごめんなさい。私お礼も言えないままでした

 今日、スクアーロさんが来てるって聞いて、お礼が言いたくて・・・」

一気にそこまで言うと目頭が熱くなった

「スクアーロさん達に、お礼を言いたくて・・・」

今日は感情が高ぶると危険なのかもしれない

じわじわ涙が溢れてきてスクアーロがギョッとして手を引っ込めた

困らせたい訳じゃない

どうやったら涙が止まるのか、知りたいのはの方だった

「お礼が、言いたかったんです」

ぽろぽろと涙が頬を伝う

「あ、ありがとうございました・・・」

うさぎが水玉模様になってしまう

怖かったあの時を思い出したから?

違う

あの部屋での時間は止まっていた

骸と過ごした夢の世界はあくまで夢で現実ではなかった

生きているのだ

せき止められていた感情の波が大きくうねる

普段なら押し殺せる感情のコントロールが効かない

だから涙が止まらない

彼は何も言わなかった

こんな変なお礼が言いたかった訳じゃない

(あ、呆れてしまったかもしれません・・・)

むぎゅ、と頭が何かに抑えつけられた

「・・・?」

「う゛ぉぉい!」

「!は、はい」

乗せられた手は力強く、さっきまでとは全然違う

思わず上目遣いをするとなぜかスクアーロは真っ赤になっていた

「れ、礼がしたいならなぁ・・・笑え!!」

「・・・」

この人はびっくりさせる天才なのかもしれない

予想外の言葉にまた涙は止まってて、大人の男の人が顔を真っ赤にしているのがちょっと可愛い、なんて思ったりして・・・

「ふふっ」

年相応よりも控えめには小さく吹き出した

声を上げて笑う。たったそれだけのことすらもは久しぶりだった

暖かい感情の波が涙を飲み込んで大きくうねる

「・・・笑ってるほうがぬいぐるみも似合うぞぉ」

真顔言うスクアーロが可笑しくてはクスクス笑いが止まらなかった