その日、彼は不機嫌だった
いつもの事だが上司の八つ当たりを喰らって流血沙汰になり、金髪のキチガイに「シシッ相変わらずトロいなースクアーロは」なんて馬鹿にされ
無表情のガキに「隊長ー鈍臭いですねー」と告げられイライラしながらささやかな嫌がらせと一番高い車に乗り込みボンゴレ本部を訪れた
「・・・いつからここはこんな陰気な場所になったんだぁ」
もう一月も前になるが受け負った仕事の報告書をボンゴレから提出求められた
最近のボンゴレデーチモは獅子のようだ、ともっぱらの噂だったが・・・確かに。
殺気を押し殺しきれてない重々しい空気
腹を空かした獅子の傍にいるような居心地の悪さ
そして上記の呟きである
「何のこと?」
「何苛立ってんだ、って聞いてんだぁ」
「何も苛立ってない。報告書は確かに受けとった」
すぐに帰れと言わんばかりの態度に舌打ちしたくなる
「山本はどこだぁ」
「任務に出てる」
普段は脳天気すぎてイライラする奴だが今この場には限りなく必要だ
本来ならさりげなさを装って山本に聞くつもりだった事を呟いた
「・・・こないだのあのチビは元気なのか」
「スクアーロに関係ない」
一刀両断。とりつくしまもないとはまさにこのことで・・・
ブチッ
元々気の短いことで有名なスクアーロはブチ切れた
「やっとの思いで報告書を作って持ってきた人間に対する態度がそれかぁ!?
言いたいことがあるならさっさと言え!!
ガキの癖に変に殺気だってんじゃねぇぞぉ!!」
い*ち*と*せ-禾乃登-
「」
・・・甘い声がする
ここ最近一番聞き慣れた声
闇の中をとろとろとさ迷っていた意識が上昇し、は目を覚ました
そんなの顔を綺麗なオッドアイが覗きこんでいた
「・・・骸さん?」
「寝起きは良いんですね。」
寝起き
そうだ、私は今起きた
「・・・骸さん?」
思わずまた名前を呼ぶ
苦笑しながら手が伸びてきた
も手を伸ばして自分よりもずっと大きな手に重ねた
どちらかと言えば低い体温
だけど
初めて触れた骸の体温が嬉しくて泣きたくなった
「夢じゃないと解りましたか?」
「はい・・・」
未だ繋いだままの手に力を込めると骸はゆっくりと距離を縮めてきた
「スクアーロが来てます」
「う?」
「あの夜、会ってるでしょう。銀髪の男です」
そこまで言われてようやくピンときた
確かに会った
あの長い長い夜に
・・・助けてくれた人
「これは立派な口実ですよ」
「え」
「結果的に君を助けた人がいる。君はその人間にお礼が言いたい。言うが為に部屋を抜け出す
一人は来てません。だけどあれに連れていってもらえば会えます
ね?」
確かにそれは口実だ
「・・・でも」
「」
ベッドが軋む
骸が寄り掛かってきたからだ
「選ぶのは君です」
「・・・」
「僕は優しくはありませんからね。が、自分で、選ぶんです」
本当に優しくない人は選ばせてすらくれないのだ
「・・・あ、」
だから骸さんは優しい
「会いたい・・・です」
満足げなチュシャ猫のような笑顔で
「宜しい」
次の瞬間、ベッドから引っ張り起こされた
「わっ」
「ドアが駄目なら手段は一つ。」
寝起きでおぼつかない体を叱咤して歩く
そうしないとコンパスの差で転びそうになるからだ
そして連れてこられたのは部屋からバルコニィに繋がる大きな窓
「骸さん。窓には鍵が・・・」
掛かってる。と言うつもりだったが骸が窓に触れるだけでいとも簡単に窓は開いた
「・・・」
「僕に不可能はありませんよ」
よく、わからないけどそれって犯罪じゃないですよね?
カーテンを揺らす風に誘われるようにはバルコニィに出る
幾日ぶりの外の空気だろう
降り注ぐお日様の光もみずみずしい芝生の匂いも
「」
「はいっ」
勢いよく顔を上げると驚くほど近くに骸の顔があった
「・・・っ」
鼻のてっぺんに落ちてきた柔らかく温かい感触
まるで悪戯に成功したようなチュシャ猫笑顔
「餞別です。頑張りなさい」
「う、あ・・・」
とん、と羽のように軽く体に触れたかと思うと一陣の風
囁くような小さな声
「あ、れ・・・?」
瞬きをひとつしている間に骸はいなくなっていた
窓も閉まっている
まるで全て夢だったんだよ、と言われているように
ただしはバルコニィにいる
これは夢ではないのだ
とりあえずは落ち着いてバルコニィを一周した
どんなにじっくり見ても下に降りるような階段はない
代わりにめいいっぱい手を伸ばせば届きそうな樹はあった
枝は太くが触れてもびくともしない
そうなれば手段はひとつ
は一つ深呼吸をして手摺りから身を乗り出した
(・・・大丈夫、です)
たっぷりのフリルが風に揺れる
それに気づかないフリをして、はありったけの力を込めて手摺りを蹴った
「・・・っ!!」
怖くないなんて嘘だ
心臓はバクバクと酷い音をたててるし暑くないのに冷たい汗が出る
(でも・・・っ)
ゴッ・・・額を強打した
慌てて両手で幹を掴む
(い、痛い・・・成功した・・・けど痛い)
一陣の風の中は確かに聞いたのだ
「後のことは僕がなんとかしてあげましょう」
ずっとずっと味方でいてくれた人
意地悪だけど優しい人
よく、わからないけど夢でしか会えなかった人なのに私のために無茶をしてくれた
つまりこんなチャンスはもう無いのだ
お、女は度胸です・・・!
は降りるべく手はガッチリと幹に回したまま足をそろりと動かした
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