何か出来るなんて過信してる訳じゃない

知らない人についていってはいけません。それくらいしか誘拐に対する心構えはない自分に(しかも時既に遅し)

ただ

(セシルくんを助けないと・・・)

一人にしてはいけない。咄嗟にそう思った

だから無理矢理着いてきたのだ

そしてそれは間違いじゃなかったと言える

?」

不安げなセシルの声

「ねぇ、ここどこ?なんで車に乗ってるの?この人達は誰?パパは?パーティーはまだ終わってないよね?勝手に家を出たら怒られるんだ。ねぇ、?」

不安からくる饒舌さが痛ましくは縋り付いてくるセシルの手を握った

どうか。






い*ち*と*せ-寒蝉鳴-





「セシルくん泣かないでください」


落ち着いて、泣かないで。ただひたすらにそう繰り返す

無理だとわかりきっているのに

セシルが泣き喚く度に車の空気がピリピリと張り詰めていく

「パパはすごく偉くって強いんだ。絶対すぐに助けにきてくれるんだから、だから」

ミラー越しの視線が険悪なものへと変わっていく

「・・・おい」

ああ、この言葉はタブーだったのだ

「ゴチャゴチャうるせーな。その口開けないようにしてやろうか」

怒気の篭った声にセシルは喘ぐように口を開いた

「だ、だって」

「助かるなんて思うなよ。無理に決まってんだろ。お前明日の今頃は海の上だぜ」

海?

「そーそー。イタリア見納めになるんだから大人しく外でも眺めとけよ」

見納め?

「そんな・・・っ」

「バラして捨てられるか、五体満足でどっかの金持ちに飼われるか。さぁ、どっちでしょう」

声にならない悲鳴が上がった

「セシルくんっ・・・」

握りしめられた手は血の気が感じられないほど白くなっていた

ガチガチと噛み合わない歯が鳴っている

「やだよっ・・・そ、そんなのやだっ・・・」

「セシルくん」

宥めようと背中をさするがセシルは嫌々、と首を振る

そして矛先はに向けられた

「なんではへいきなの」

へいき、というのは何を指しているんだろう

「そうそう。そっちのチビも自分は助かるなんて思わないほうがいいよ。運がなかったね。Jr.と一緒にいたばっかりにカワイソウに」

カケラも可哀相なんて思ってないとしか思えない声で告げられ鳥肌が立つ

「・・・気に食わないなぁ。その瞳。お前分かってんの?」

助かる、なんて思ってない

気持ちはまだ真実味がなくてぼんやりと膜がかかっているようだ

平気そうに見えるなら

助かるように見えるなら

感情を押し殺す癖がついてるだけ

(・・・でも)

たくさんの後悔の波が押し寄せてきて、それが恐怖心と混じりあって涙になる

音もなく瞬きと共に流れ落ちる涙

(でも)

突然、車がけたたましい音を立て止まったと同時に身体が宙に浮いた

手を握っていたセシルと共に背中から落ちる

「うわぁぁぁぁぁあっ?!!」

「ぎぁああああああ!!」

(な、なに?)

座席から投げ出された身体はあちこち痛い

泣き叫んでいるセシルの様子も気になる

頭を何度か振ってはやっと目を開けた

反転した世界でセシルの姿を見つける

「セシルくん、」

っ・・・!」

前の席では誘拐犯が何事か叫んでいる

早口なのか言葉になっていないのか、にはさっぱり理解できなかった

しかし、これはチャンスである

「セシルくん立ってくださいっ・・・!」

腕を引っ張り体当たり同然でドアから転がりでた

っ・・・!」

「逃げましょう!早く!!」

何があったのか知らないが轍を辿っていけば、あるいは途中で人に出会えれば助かる・・・!

「待ちやがれクソガキ共!!」

誘拐犯の声がすぐ後ろから聞こえた




「う゛ぉぉい。やっと見つけたぜえ!!」

知らない声が響き渡りは振り返った

車の上に悠然と立っている人物

・・・屋根が凹んでるように見えるのは気のせいだろうか

真っ黒な服に銀色の髪

手には髪と同じく銀色の輝きを放つもの

(剣・・・っ!)

ナイフとは比較できない大きさの刃物にはゾッとした

まさかこんなところに3人目がいたなんて

待ち合わせだったのだココで

「だ、誰だよてめぇ!!」

(あ、れ?)

尋ねたのはセシルじゃない。もちろんでもない

誘拐犯だった

(知り合いじゃない・・・?)

「うわぁぁぁああ!?」

会話に聴き入っていたはセシルのけたたましい悲鳴で我に返った

「セシルくん!?」

真っ青になったセシルがしきりに袖を引っ張る

っ・・・っ!あれ・・・!」

ぼんやりとしたシルエットは目が慣れると正体を現した

「・・・ヘビ?」

ヘビがいた

道が山道なのでヘビが一匹や二匹いたところでなんの疑問もない

一匹や二匹なら

「「ぎぁあああああ!!」」

車と達を取り囲むように数えきれないくらいのヘビがいた

シューッシューッと奇妙な音を立てている

長い舌をチロチロと見せながらまるで間合いを計るかのようにそこにいた

「なんなんだよこれはっ!!」

「ヘビの巣窟かよ!?」

シューッシューッ、っと返ってくるのはそればかり

は硬直し、セシルは腰が抜けて震える手でに縋り付くのが精一杯だった

ヘビは集団で生活するものなんだろうか?

日本ではヘビを神様と崇める宗派もあると聞くが残念なことには違う

こんなに大漁のヘビに囲まれて良い気持ちにはなれなかった


「ソレはテメーらが逃げねぇようにだぁ。ヴォルティスファミリーの残党ごときが手間かけさせやがってぇ」

誘拐犯二人の顔色が変わった

(ヴォルティス?)

それは聞いたことのない単語だった

「な、なんでお前・・・っ」

急に挙動不審になりだした誘拐犯

彼らは知り合いではないらしい

一方的に言いくるめられてるように見える

慌ててナイフを出して構える誘拐犯はほんのすこし滑稽だった

「そっちのチビ共ぉ。ヘビに噛まれたくなかったら動くんじゃねえ」

目が、合った

ひっ、と隣でセシルが息を呑む音が聞こえる

「セシルくん知ってる人ですか?」

「し、らないっ・・・」

・・・彼は誰なんだろう

「見せものじゃねぇぞぉ」

この言葉は達に、だった

慌てて目を逸らす。

そうだ、こっちだって見物してる場合じゃない

・・・この際あの人が誰かなんて関係ない

(逃げなくっちゃ)

つらつらとそんなことを考えているとまんべんなく囲っている中、とある一角だけ異様にヘビが群がっている場所があった

(・・・?)

大きな木がある

ただそれだけで他に特別なものなんて何もないのに

ふらり、と足はそちらへ向かっていた

っ!?」

「・・・大丈夫です」

っ!な、何やってるの!?危ないよ!!」

「セシルくん行きましょう!」

「は、ぁ!?」

「早くっ!」

未だへたりこんだままのセシルの腕を引く

「な、な、何言ってんの!?ヘビがいるんだよ!?」

「大丈夫です!」

「何が!?」

「う゛ぉぉい!!動くなっつっただろうがぁ!!」

誘拐犯から目を逸らすことはないのにしっかりと気付いている

時間が、ない

「早く!!」

それは上手く言葉に出来ずもどかしい

未だに動かないセシルを力づくで引っ張った

「う゛ぁぁぁぁぁんっ!」

狭まるヘビとの距離にセシルの恐怖は最高潮だった

足腰は立たないのに主に手で無茶苦茶に抵抗する

振り回された腕が顔に当たったがはそれにも構わなかった

「言うことっ・・・聞いてっ!!」

渾身の力を持ってはセシルをヘビの群れに押し出した

聞くに耐えない悲鳴

ヘビの大群にぶつかる。その瞬間世界が反転した


「・・・あれ?」

「セシルくん、早く立ってくださいっ!」

ヘビを探そうとしているのを無視して腕を引っ張った

「アンタ何者ですかー?」

「っ!?」

「確かに下っ端も下っ端相手だから有幻覚使わなくて手は抜きましたけどーミーの幻覚を見抜くなんてただのガキじゃありませんねー?」

方向転換した先に人がいた

恐ろしく至近距離に

「無視ですかー。そうですかー。無理矢理吐かせましょうかー?」

エメラルドグリーンの瞳はどんな感情を秘めているんだろう

とても綺麗だ、なんて場違い

「う゛ぉぉい!!」

「うあぁぁぁぁあっ!!」

「うっせぇぞぉ!!」

叫んだのはではない。セシルである

は睨めっこ状態で硬直し、エメラルドグリーンの人は僅かに眉をしかめた

「隊長が一番うるせーよ」

「フラン聞こえてんぞぉ!!」

・・・ひ、人を挟んで大声出さないで・・・っ

恐る恐る振り返るとさっきまで車の上にいた銀髪の男が後ろに立っていた

・・・っ!

この距離で逃げるすべはあるんだろうか

前にも、後ろにも逃げ道はない

ただ・・・

綺麗なエメラルドグリーンの瞳は怖くなかったのだ

あの瞳にあったのは純粋な興味。ただそれだけだった

「隊長のせいで怯えてるじゃないですかー」

「な゛っ・・・俺のせいじゃねぇだろぉ!!」

・・・一体、どういう状態なんだろうか

 だ、大丈夫?」

「セシルくん・・・」

あんまり大丈夫じゃない

「っ!」

鉄錆の匂いがした

否、これは人の匂い

「・・・血の、匂いがします」

思わず呟くと不自然に人の動く気配がした

それは2つ

一つは驚いて後退りしたセシル。そしてもう一つは・・・

「・・・怪我、してるんですか?」

怖いけど無視することは出来ない

血の匂いは銀髪の男から漂ってくるのだ

「・・・返り血だぁ」

かえりち。

頭でリフレインするがピンとこない

「痛くないです、か?」

「お゛ぉ」

ほっ、と安堵の息が零れた

この人達はセシルを傷つけたりしない

何故かそう思えた

っ!?」

セシルが呼んでる

やけに声が遠く、まるで霞かかっている

の意識はそこでプツリと途切れた