「ったくどーすんだよ」
「しょうがないじゃん。置いてて騒がれたらオジャンだし」
「・・・にしてもなぁ」
誰だよ。コレ
コレと称されたは涙を目いっぱいに溜めて必死にセシルを抱きしめていた
誘拐
その言葉が頭を埋めつくし、悲鳴の代わりに涙が溢れてきた
い*ち*と*せ-涼風至-
「・・・ぅ、ん」
抱きしめていた身体が身じろぎはハッとした
「セシルくん!」
ゆらゆらと揺れていた瞳は名前を呼ぶとようやく定まった
「・・・?」
安堵のため息が零れる
「おい。目覚ましちまったぞ」
「あれー?薬足りなかったっぽい?」
恐怖と言わないで何と言おう
セシルはまだ事態を把握していないようでただ周りを見渡している
「。ここどこ?」
・・・そうだ、彼は知らないのだ
は違う
至る情景を余すことなく思い出せる
今だって瞳を閉じれば・・・
「セシルくん。落ち着いてください」
震える声を無理矢理殺してゆっくりとは瞳を閉じた
***
・・・何故空を見上げたのか、それはある種の予感だったのかもしれない
星が見えないことが残念だった
そんなことを考えた一瞬の出来事だった
「んーっ!」
くぐもった声に弾けるように視線を戻す
悲鳴を上げなかったのは軌跡としか言いようがない
さっきまで二人だった空間には見知らぬ人が立っていた
「やぁ。叫ばなかったのは懸命な判断だね」
暗闇に溶けない。ぞっとするような声だった
黒いスーツを着ている
にたり、と笑う口元の赤が目から離せない
そしてそんな彼の腕の中には先程まで一緒にお喋りをしていたセシルがぐったりした様子で収まっていた
「セシルくんに・・・」
何をしたんですか、と尋ねる前に口を塞がれる
無理矢理髪を引っ張られあっという間に景色が変わった
「叫んだら殺す。暴れても殺す」
地面に押さえつけられ湿った冷たい土が顔に付く
肺を圧迫され痛いと声にならなかった
ふたり、いたのだ
耳元で固く囁かれは恐怖から零れそうだった悲鳴を必死で堪えた
「あれ。鳴かないんだ・・・残念」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ。目的はJr.だけだ」
「りょーかい」
ふっと背中から圧迫感が消える
は反射的に手を伸ばした
キラキラと輝いていた空色の瞳は今は固く閉じられている
(セシルくん・・・!)
指の先が微かに触れてはがむしゃらにセシルの服を掴んだ
「・・・おい」
「何やってんだよ。離せ」
ガッと頭に鋭い痛みが走る。それでもは手を離さなかった
離してはいけない
ズキズキと痛む頭でもそれは分かっている
「・・・ナイフで腕落としてやろうか?」
ピッタリと冷たいものが腕に宛てがわれる
(っ!!)
悲鳴は唇を噛んで堪え、それでも握った手は離さない
腕に赤い線が浮かぶことよりも今この手を離すことのほうが恐怖だった
僅かな沈黙のあと、舌打ちが聞こえた・・・
***
「大人しくしとけ。暴れたら窓から落とす」
後部席に押し込まれると同時に低い声で告げられ、は首を縦に振って是の意を伝えた
一緒に後部席に乗せられたセシルは未だ目覚めない
無造作に転がされただけにも係わらず乱暴な運転が始まり、は慌ててセシルを抱きしめた
「お熱いねー」
茶化すような声に何を返せば良いんだろう
口を開けばきっと恐怖のあまり悲鳴か、嗚咽か、どちらかしか出てこないに決まってる
「・・・」
血の味が広がる唇をぎゅっと噛み締めたままはひたすら無言を貫いた
・・・それがお気に召さなかったらしい
「俺達の目的はそっちのお子様だけなんでね。お前はどっかでバラすかなー?」
悲鳴を上げてはいけない。離れ離れにされてしまうから
聞こえない。自分にそう言い聞かせる
「・・・強情だねぇ。鳴かせたくなる」
細められた目は捕食者の目だった
それもなぶることが楽しくて仕方ない、という
「つーか何処のファミリーなんだ?あのガキ」
「そういや今日のパーティーに参加したファミリーにあんな子供がいるなんて聞いてないな」
つうっ、と背中を冷たい汗が伝う
「おちびちゃーん。名前はー?」
視線は外れない
無視することはできなかった
「・・・、です」
「聞かないな」
「じゃあ幹部の娘とかそんなんだろ」
・・・今、分かっていることはセシルが何処かへ連れていかれそうなこと
それがとても良くないこと
『』は不要なこと
「・・・おじさん達は誰ですか」
カラカラに渇いた喉に声が張り付いていつもの何倍も力が必要だ
それでも出来るだけ顔を上げて、前を見据えては尋ねた
楽しそうな目が、こっちを見ている
「おじさん達はねー・・・誘拐犯だよ」
悪夢だ
夢なら早く覚めて
どんなに願っても叶わない
だってこれは『現実』だから
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