『みーどりたなーびくー』

ちょっと変わった目覚まし時計が鳴り終わる前に小さな手がその音を止めた

布団の膨らみから伸びた手の主はその手にふさわしく小さかった

ひょこり、と布団から顔を出したのはまだ寝ぼけ眼の少女

名前を沢田と言う




い*ち*と*せ-紅花栄-





「おばあちゃん、おはようございます」

「おはようちゃん。偉いわね、今日も1人で起きられたのねー」

「時計さんに起こしてもらいました」

褒められたことがくすぐったいのか嬉しそうに笑いながらはキッチンに置いてある自分用のエプロンを手にとった

奈々に作って貰ったもので薄いブルーにネコのマスコットが付いている陸のお気に入りだった

「お手伝いします」

「ありがとう。じゃあこのお皿を運んでくれる?」

「はい」

香ばしい匂いをさせているパンには顔をほころばせた

そんな孫の表情に奈々も笑顔になる

ほのぼのとした日常

これが沢田家の朝の風景だった



ちゃん忘れものはなーい?」

「はい。だいじょうぶです」

「それじゃあ、いってらっしゃい」

「それじゃあ、いってきます」

繋いでいた手を離し幼稚園の門をくぐる瞬間が小さく深呼吸したことに誰も気づく者はいなかった


幼稚園に行くのが嫌だ、と もし口にしたら困る人がいる

そのことをはよく理解していた

だからどんなに行くのが嫌でもこの足を止めてはいけない

「あ、ちゃんだー」

同じ組の子たちの話し声にびくり、と肩が震える

だめ、

「きっとまたおばあちゃんと一緒に来たんだよ」

「だってちゃんは・・・」

聞いちゃだめ

暴れ出す心を押さえつけるようには手を握りしめ笑顔を作った

「おはようございます。みーちゃん。ちぃちゃん」

「おはよう」「おはよー」

しかし、2人は挨拶だけ返すとさっと身を翻した

クスクスと忍び笑いをしながら駆けて行く姿を見送っては小さくため息を吐いた

は物心ついた時にはすでに祖母と二人暮らしだった

祖父はまだ現役で働いており年に数回しか帰ってこない

母親はを生んですぐに亡くなったらしい

じゃあ父親は、と尋ねると口を噤むしかない

祖母はいつも「ちゃんのお父さんは遠いところでお仕事してるのよ」と、いつだって困ったように頭を撫でてくれた

優しい人を困らせてはいけない

どこにいるの、とも どうして会えないの、とも聞けずには小さく頷くことしかできなかった

ただ、奈々もそれを感じ取ったのだろう

ぽつり、ぽつりと父の昔話を聞かせてくれた

「つー君はねぇ、お勉強はあんまり得意じゃなかったわ」

「とっても仲の良いお友達がいてね、山本君と獄寺君。あの子たちは元気かしら」

「そうそう、可愛い家庭教師さんもいたのよ。リボーン君って言ってね・・・」

祖母の話を聞くのはとても楽しかった

まるで夢物語のようで


両親と一緒に住んでいないということで偏見を受け始めたのはごく最近のことだ

偏見というのは大げさかもしれない

ほんの少しからかわれているだけ

(大丈夫、です)

自分のことで祖母に迷惑をかけることだけは嫌だ

はクスクス笑いが聞こえないふりをしてゆっくりと教室に入った



「おいっ!」

いきなり大声で名前を呼ばれ驚いて思わず読んでいた絵本を落っことしてしまった

「な、なんですか?けいし君・・・」

ふんっ、と仁王立ちで見下ろしていたのは同じ組の男の子だった

どちらかというと仲が良い友達だったが最近はあまり話しをしていない

きっと誰もが感じているのだ

今のが組の爪弾きになっていうということを


そんな訳では驚き以上に戸惑いも感じていた

「これ」

「?」

何の前置きもなく差し出された紙をただじっと見ていると怒ったように「早く受け取れよ!」と言われた

・・・え、と

恐る恐る手を伸ばして受け取るとようやく紙の正体に気づく

大きく書かれた『しょうたいじょう』という文字に

「来週、おれのたんじょーびパーティーするんだ。

 がどーしても来たいって言うなら呼んでやっても良いぜ」

「けいし君のお誕生日ですか」

「そうだ!」

「・・・誘ってくれるんですか?」

「う、受け取って来ないっていうのはなしだからな!今度の土曜日だ!」

まだ行くとも行かないとも返事をしていないのにけいしは勝手に真っ赤になって走って行ってしまった

幸い土曜日は何の予定もない

(・・・おばあちゃんに相談してみましょう)

受け取った招待状を壊れ物のようにそっとポケットに入れる

落とした本を拾い上げ、は久しぶりに心がほっこりするのを感じた