「サッカー選手になってみせろ」
ぐしゃぐしゃの泣き顔なくせに必死に睨んでくる
ガラガラな声のくせにつっぱった言い方
は頑張ってるかもしれないが全然怖くない
あーもうほんと。お前には敵わねぇよ
頭を撫でてた手を止めて背中に回す。無意識で流れるように
「ありがとな」
思わず抱き締めてしまった腕の中で「ぐぇっ」なんて可愛くない声が聞こえたのは気のせいだ。きっと
本日ハ晴天ナリ
「泣きやんだか?」
「うん・・・」
これ以上泣いたら干からびる
本気でそう思った
まだ乾いていない涙が頬を伝っているのだろう。少し、ヒリヒリする
自分の着ていたシャツを引っ張って顔を拭こうとすると難なくその腕を捕まえられる
「・・・何よ」
「いや、ホントぶさい「うるさいっ!」
二度も言うな!分かってますよ今の自分が酷い顔してるってことくらい・・・!
だからせめて自分の顔を拭いて涙の跡くらいはって思ったのに何故止める
亮曰く不細工な顔、をそれでもじーっと見つめてたかと思うと何か思いついたのかにやりと笑った
あ、嫌な予感
遅かった。亮のほうが0.2コンマくらい速かった
思わず後退しようとした私の腰に手を回したかと思うとがっちりと捕らえられた
ぐりん、と世界が回る瞬間見えたのはこともあろうに亮のデビスマ
すごく、よからぬことを考えてるにちがいない
ダンスのターンをするように亮と私の位置が入れ替わる
「椎名。お前に用があったんだよな」
すごく、よからぬことを考えてるにちがいない
だってデビスマを浮かべてたんだもの
「こっちの用は済んだから」
これを優しさと解釈するのはすごく出来た人間じゃないと無理だ
そして私はご存知の通り未熟半熟人間だ
このタイミングで私を翼の前に立たせるってどういう優しさだよ
「「・・・」」
これが今流行りの羞恥プレイというやつですか
思わずそんなことを考えたのは決して私が悪いんじゃない
酷い顔をしてるのに顔隠すこともできなくて逃げ出したいのに後ろに悪魔(またの名をデビスマ人間亮だ)がいらっしゃる
翼は黙ってた
私も黙ってた
亮はきっと後ろから面白そうに眺めてる
・・・亮を殴ってやりたい
(ど、どうしよう・・・まずは謝るべき?でも今の私声可笑しいし第一声が「ごめん!」ってそれもどうなんだ?)
ぐるぐると言葉が頭の中を駆け巡る
だけど何一つ出てきはしなかった
酷い顔だって分かってるのに目を逸らすことができなくて無言のまま対峙している
「・・・顔拭いたら」
先に沈黙を破ったのは翼だった
深いため息を吐きながら私に歩み寄る。すごい仏頂面なんですけど・・・
差し出されたタオルをおずおずと受け取りながら思った
嫌々そうですね!(思っても口に出せない)
それでも尻込みしながら「・・・ありがとうございます・・・」とお礼を言った
思わず敬語になったのは決して翼に敬意を払ってのことじゃない
私は気づくのが遅かったのだ色々なことに対して。
今は・・・そう、こんなグランドのど真ん中で泣き喚けばそりゃー、帰ろうとしてる選手の皆さまの注目の的にもなりますよね。ってこと
視線が痛いとか、すごく今更・・・
「満足?」
「え?」
タオルからぱっと顔をあげると相変わらず仏頂面をした翼がいた
「なに、が?」
「・・・別に」
びっくりするほど会話になってない
翼がこうやって黙りこむのは大変珍しい。普段ならお得意のマシンガントークでこっちがストップ!と言いたくなるくらいなのに
なんだろ・・・やっぱり怒ってるのかな?
無視したくてした訳じゃないけど結果的には翼を置いて泣き出しちゃったんだし・・・
「翼」
「なに」
「・・・合格おめでと」
すんなりと零れた言葉
あれだけ口に出来ないって駄々をこねてたのが嘘のように
だけど今、翼にかける言葉には一番ぴったりと合う気がした
「・・・馬鹿じゃないの」
「は?」
え、ちょ、今なんて言ったの?馬鹿って言わなかった
タオルの存在なんてすっかり忘れて翼を凝視する
翼は仏頂面になぜか赤みが差していた
「今更おめでとうなんて言われなくても分かってるよ!だいたいおめでとうって言うのはもう少しまともな顔で言ってよね!!
それからっから伝言!先に車に行ってるからだってさ!別に待ってなくても良いと思うけどね!僕としてはっ
明日の練習は9時からだから遅刻しないで来るようにっ顔も何とかしなよね!!それじゃ!」
支離滅裂って言葉がこんなに似合う翼は初めてだ
何故に貴方が顔を真っ赤にして去っていくのでしょうか?
私の方がどうしていいのかわかんなくて茫然としてしまった
え、今の本当に翼だよ・・・ね?何か狸とか化けてた訳じゃなくて・・・
「っ・・・おもしれー奴だな。椎名って」
「亮・・・」
そこ、笑わないでください。堪えてるのが丸わかりでかえって反応に困ります
気がつけば亮は横に立っていて去っていく翼の姿を見ながら楽しそうに笑いを堪えていた
何がそんなに楽しいんですか・・・
ひとしきり笑ったあと亮は私に向き直った
「。待っててやるから早く帰る準備してこいよ」
「え?」
「マネージャー。待ってんだろ?」
「あ」
そうだった。待たせてるんだった。たぶん、さんも
慌てて頷いて走り出す
亮がそこまで考えてたとは思わないけど
誰かを待たせてる。そう言って貰えたおかげで私は周りの視線を気にすることなく、部屋まで荷物をとりに行けた
***
「」
「不破君?」
名前を呼ばれたとき私は廊下を全速疾走していた
急ブレーキをかけと振り返ると不破君達が立っていた
達っていうのはもう一人いたから
初めて見る人
不破君と同室の人ともちがう
確かAチームの・・・MFの人
桜上水の友達・・・かな?
将君は一緒じゃないのかな?
「廊下を走るのは危険だ」
「ご、ごめん」
確かに人にぶつかったりしたら大変だ
「」
「?」
グギッと首が嫌な音をたてた
ちょっ!?
「泣いたのか?」
泣いたけど
「や、あの、不破君・・・ち、近い!」
何だこれ!デジャヴュ?!
近い!そして首が地味に痛い!
「泣いたのか?」
感情の見えない声で再度尋ねる不破君
「え、そんなに顔にでてる?」
部屋に戻ったとき怖くて鏡見なかったけどそんなに目が腫れてる?
それとも涙の後がまだ残ってる?
「・・・不破君、苦しいです」
いきなり上を向かされたかと思ったら
不破君の顔が間近にあって・・・
何故抱きしめられてるんでしょう
「お、おい不破何してんだ!?」という声が聞こえた
私の視界は不破君のTシャツだけなのでその人がどんな顔してるかわかんない。だけど一緒にいたあの茶髪の人だよね?
「誰に泣かされたんだ?」
「い、いや・・・勝手に泣いただけなんで・・・」
やっぱり泣いてむくんでるのかなぁ
「何があったんだ」
「え、えと・・・色々と・・・」
「20字以内で述べよ」
「・・・無理です」
人の気持ちはそんなに単純じゃない
納得してくれたのか、諦めてくれたのか苦しかった腕はゆるゆると離れていった
抱きしめられた時よりこうやって至近距離で見つめあう方が恥ずかしいってこれいかに?
相変わらず表情が読めないなぁ不破君・・・
だけど
「ありがとうね」
何かよくわかんないけど不破君なりに心配してくれて慰めようとしてくれたんだろう
こっくりと頷いてくれたので意思疎通できたと解釈
・・・なんだか可愛いぞ
「またね」
「ああ」
不破君には手を振って、後ろにいた茶髪の人にはちょっと頭下げて(何故貴方が顔真っ赤なんですか、とは聞けなかった・・・)
そうしてまた走りだす
今度は全速疾走じゃなくて小走りで(不破君に言われて学習しました。)
***
「ふ、ふ、ふ、不破っ!!お前何やってんだよ!?」
「『ふ』が多いぞ。水野」
「何の話してんだよっ!!」
「何故俺が怒られてるんだ?」
「お前がいきなり訳のわかんねーことするからだろ!!」
「俺には水野の言うことが理解できん」
(あーもうっ早く来てくれ風祭!!)
***
廊下の大移動(仮)はまだまだ続く
だけど終わらないなんてことはなくて、ちゃんと玄関口まで辿り着いた
ふぅ、と小さく息を吐く。もちろんここに来るまで呼吸をしてなかったとか、そんなことはない
靴を履く前に息を整えたというか、いよいよこの建物ともお別れか、とか少しだけ感傷に浸ってみた、とかそんな感じ
「さん」
「ぎゃっ!」「ぎゃーっ!!!!」「おい結人!何でお前が叫ぶんだよっ」
「・・・そんなに驚くとは思わなかった」
私は自分の悲鳴より大きな悲鳴が聞こえたことに更に驚いて口をぱくぱくさせていた
な、何!?やまびこ!?山じゃないのに!?
「ごめん、別に驚かすつもりはなかったんだけど」
結人が叫んで吃驚したでしょ?と淡々と続ける英士君にあれだけ悲鳴あげといて「そんなことないよ」とは言えなかった
「あ、え、う、うん。」
肯定なのか否定なのか何に対する返事なのかすら不明な謎の発声練習
玄関口には3人の男の子が立っていた一人は英士君、それからかじゅま君。あともう一人はMFの人(叫んだ人。の方がいいかしら?)
みんなも大きなスポーツバックを持ってるから丁度、帰ろうとしたところだったのかな?
「お疲れ様で「うおぉっ労われ「ちょ、結人マジでうるさいっ!」
・・・名前もしらないMFの人・・・私は妖怪か何かですか?言葉くらい話すよ・・・私だって
かじゅま君、庇ってくれてありがとう・・・
「・・・結人のことは気にしなくていいから」
後ろですったもんだの押し問答を繰り返してるMFの人とかじゅま君をちょっとだけ見て英士君は呆れたように溜息を吐いた
あはは、と私の口からは乾いた笑いが零れる
他に何て返せば良いのかわかんなかったんだよ
「これ」
「え」
「はい」
「え、何で」
「足りなさそうだったから」
「え」
「干からびるんじゃないかって思って」
・・・もしかしなくても見てたんですか
ボッと体の温度が急上昇する。あぁ絶対真っ赤だ
手渡されたのは一本のペットボトルだった
中身はたっぷり詰まってる
つまり、あの、グランドのボロ泣きを見られたんです、よ・・・ね
あー顔から火が出るってこういう時に使うんだ
後ろの人たちももちろん・・・見てたんだろうなぁ・・・
穴があったら入りたい
「大丈夫だと思うよ」
「え?」
「かえって親近感沸いたみたいだし」
「な、何が?」
「人が」
ごめん、英士君口数少なすぎて私には理解できない
「それじゃ」
「え」
「行くよ。結人、一馬」
「お、おう」「あ、じゃあお疲れ様、さん」
「あ、うん、かじゅま君も」
じゃ、なくて
3人とももう、歩きだしてしまってるじゃないか!
「あぁぁぁあ英士君!」
(叫んだ)
(叫んだ?)
(雄叫びだっ!!)
な、何で3人とも振り返るの・・・?
視線は怖い。緊張がぐぐっと増して顔の赤みが更に増してとにかくパニックになってしまう
だけどココで何も言わないのは三上家の教育方針に反する
「これ」
手渡されたのは中身のたっぷり詰まったペットボトル
「ありがとう」
笑えたか自信がないけど(顔が真っ赤だったのは自信があるのに。いらん自信だ)言葉にはできた
ふ、と英士君は小さく笑みをつくる
「どういたしまして」
そんな笑顔に見惚れてしまって気がつけば一人馬鹿みたいに玄関口に突っ立っていた
ぎゃあ!人待たせてるって言うのに
慌てて荷物を抱え直すとちゃぷん、と涼しげな水音
ちょっとだけ考えて急いでペットボトルの蓋を開けた
ぺき、と小気味良い音が響く
この音を聞いてしまうと一気に喉の渇きがよみがえるから不思議
勢いよく流し込むと確かに体は水分を求めていたようで
「ぷ、はぁ」
一息つくと中身は半分になっていた。
残りはそのまま鞄に押し込む。あとでまた飲もう
***
「英士ー。ジュース代貰わなくて良かったのか?」
「あぁ・・・全然考えてなかった」
「何なら姉ちゃん経由で催促する?」
「別に・・・たかが150円だし」
「甘いっ!甘いぞ英士!150円を笑うものは150円に泣くんだぞ!」
「思い出した結人。先月の練習帰りにコンビニでジャンプ代貸したよね?」
「うおぉっ!?そっち!?今そっち!?」
(・・・さん、まだ固まってる)
「(何とか話題を変えようと必死)あーあー、でもあの3号けっこう普通に笑うのな。びびった」
「(話題変えようとしてるのがバレバレ)ていうか結人3号ってやめなよ。失礼でしょ」
(・・・あ。やっとジュース飲んだ)
***
外に出ると人気はもうまばらだった
そんなまばらな人気の中を走る
ここは外
だから走っても大丈夫
荷物は3日分だからちょっと思い
だけど動けないほどじゃない
走れないほどじゃない
さっき外に出たときとは全然違う
世界が変わったみたいだ
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09.0621 砂来陸
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