「こ、こんばんは」

私がどんな顔でこれを言ったか、というとそりゃあもう引きつった笑顔で

しかもこれまたすごく不自然に数十センチの隙間から身体を押し出すようにして廊下に出て、尚かつ後ろ手でドアを閉めるという技法までやってみせた

それを見ていた玲さんがどう思ったかは・・・うん、考えたくないなぁ




本日ハ晴天ナリ





玲さんはいつもと変わらない笑顔で私がドアから出てくるのをじっと見守ってくれていた

・・・どうもありがとうございます

「今日は一日お疲れさま。初日はどうだったかしら?」

現在進行形で色んな危機に直面してます

・・・なんて言えない

「色んな人のプレーを見ることが出来て・・・楽しかったです」

ちゃんは特に大変だったでしょう?食事作りも手伝わせちゃってごめんなさいね」

「いいえっ確かにちょっと忙しかったですけど・・・」

将君におにぎりを作ってあげることだって出来たし・・・うん、悪いことばっかりじゃなかったもん

「そう?なら良かったわ」

ふふっ、と軽やかに笑う玲さんにつられて私もへにゃ、と力の抜けた笑顔になる

「ところであとの二人は部屋にいるかしら?」

そしてその笑顔がピシッと固まった

「い、や、あの・・・」

「部屋にいないの?」

「えっと・・・」

「もしかしてお風呂に入ってるのかしら?」

「そ・そうです!」

「それじゃあ少し部屋で待たせて貰っても良いかしら?」

「・・・!!」

良いわけないだろう

「?」

「え、あ、あのですね・・・」

酒臭い部屋に飲酒済みの二人が寝てて更に男の子まで部屋に連れ込んでいる

・・・

人を招くには史上最悪の部屋と言って良い



「すっっっっごく散らかってるんです!」



・・・とにかく、悩みに悩んだ末の非常に苦しい嘘だった

「じ、実はですね、お風呂に行く前にさんが鞄をひっくり返したみたいで・・・

 そ、そう下着とか散乱しちゃってるんですよ!

 だからあの・・・人様を招くにはちょっと散らかりすぎてて、もし渡すものがあるなら私が預かります!」

我ながら、厳しい言い訳だったと思う

「多少散らかって「いいえっ!もうほんとーっに足の踏み場が無いんですよ!!」

ここにはとてつもなく気迫溢れるものがあったことを追記しておこう

しばらく二人で無言の防戦があったが諦めたのは玲さんの方が早かった

「分かったわ。それじゃあ・・・これ」

よっしゃー!と内心ガッツポーズを決めた瞬間手にずしり、と衝撃が走った

見ればあるのはノート型パソコンと沢山のプリント

「・・・」

「今日の基礎テストの分の資料よ。それを人物別種目別・総合・ポジション別のデータを作って欲しいの。

 詳しくは一番上のプリントに書いてあるしちゃんは慣れてるからきっと分かるわ」

にっこり、という効果音がつきそうな笑顔

だけどこっちは蒼白していた

何なんだこの量は・・・

思わず無言になって手に乗せられた重みを凝視していると玲さんは笑顔のままこう賜った

「大丈夫よ。3人で分割すれば2時間くらいで終わると思うから」

3人で分割

すれば

「それじゃあ・・・二人にもよろしく言っててね?」

「・・・はい」

かろうじてそう返事を返して優雅に去っていく玲さんの背中を見届けてよろけながら自分の部屋のドアを開けた


3人で分担すれば2時間


その言葉を頭の中で何度もリプレイさせながら

「わっ、かじゅま君?」

部屋に入るとそこにはかじゅま君がいた

別にいることは不思議じゃない(何せ連れ込んだのは私だ)

ただその格好に驚いた

何て言うんだっけ、こういう生き物を理科の教科書で見たことがある

何かトカゲに似てた・・・えーっとヤモリだったっけ?

壁にビタッと張り付いてる姿は確かそんな名前の生き物だった気がする

「見つかったらヤバイと思って・・・」

「・・・そうだね」

でもその格好じゃかえって怪しいと思うよ、とは言えなかった

「あの それ・・・」

彼の手は私を指している。正しくは私が手に持っている荷物を、だ

「えっと・・・仕事デス」

苦笑いしか出来なかった

「俺、手伝「遠慮します」

『かじゅま』君はとてもいい人だ。自分の所為じゃないのに責任を感じて手伝ってくれようとしている

うぅ〜ん、すごく魅力的な申し出なんだけどね

「コレ は私の仕事で、『かじゅま』君は早く寝て良いプレーをするのが仕事です

 それにこれ以上この部屋に留まることはオススメ出来ません。」


最後の一言が効いたみたいだった


「・・・同室の子達に質問攻めあったりしない?」

「あーそれは大丈夫(たぶん)」

「なら良かった。気を付けてね」

そうっとドアを開けて右見て、左見て、また右見て、『かじゅま』君を送り出す

まだ何か言いたそうだったのを気付かないフリをしてドアを閉めた(ごめんね)


「・・・ふぅ」

部屋に響くのは私のため息と二人の安らかな寝息

(3人、ね)

とりあえず机の上を片づける。それから窓を開けて空気を入れ換える

「・・・はぁ」

そうしてようやく机の前に座るとさっきよりも思いため息が零れた

何せこれから

単純計算すると6時間働かねばならないらしい




--------------------後書き------------------------------------------------------------

とりあえずかじゅま君との絡みは一段落しました。結局最後までかじゅまくんが一馬君に
なることはありませんでした。笑

まだまだ夜は長いちゃんです。愛の手を誰か差し伸べてやってください・・・

                            1月27日 砂来陸

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