ちょっと黄ばんだ新聞の切り抜き
お父さんのサッカー好きは
この時が一番絶頂だったらしい
本日ハ晴天ナリ
思いっきり指を指した上に大声を上げてしまった私を
松下さんは驚いた顔で見ていて
おやっさんは思わずおでんを取り損ねて
将君はきょとん、として私と松下さんを交互に見て
「ちゃん、人を指さすのは失礼でしょ〜?」
と、お母さんだけがそんな指摘をしてくれた
「え、あっごめんなさい!!」
そうだよ、よく考えたらいきなり何叫んでるんだろう私は・・・
急に恥ずかしくなって俯くとクックックと誰かとよく似た笑い声が聞こえた
微妙に苦笑が混じってるような・・・そんな笑い方
「まさか女の子で俺の現役時代を知ってる子がいるとは思わなかったな」
松下さんのその言葉は間違いなく肯定を意味した
新川電工 10番MF 松下右左十
元日本代表のキャプテン
正確なパスと的確な判断力を持った名選手
後輩と一悶着あって突然サッカー界を去ってしまった
・・・そんなすごい人が今目の前にいる
平静を装っておでんを食べているものの内心大パニックだった
毎度の事ながらお父さんが残してくれたたくさんのサッカー資料
小さい頃からそれを絵本の代わりに読んで育ったはその辺の評論家よりも数倍のサッカー博士だった
(サッカー選手の名前とプロフィールだったら亮にも負けないかもしれない・・・)
そんなことを考えながら最後のちくわをゆっくりと咀嚼する
と、そこで妙に熱い視線に気付いた
ちくわを加えたまま横を見るとちらちらとこっちを見ていた将君とばっちり目が合った
と思ったらすぐさま目を逸らされた
「?」
何か言いたいことでもあるんだろうか?
聞きたいけどまだ口の中にはちくわが残っているので飲み込むまでは質問もお預けだ
熱々のちくわを頑張って飲み込もうと格闘しているとまたもや視線を感じた
視線の主は言うまでもなくまた将君
ちらりと将君を見るとなんだかそわそわと落ち着かない様子でこっちを見ていた
その姿はなんだか『待て』をさせられてる犬を想像させた
やっとの思いでちくわを飲み込みさらにそれから水も頂いて後口も流し込む
ちょっと舌をやけどしたみたいでひりひりした
「ちゃん、食べ終わった?」
「え?うん」
ぱっと嬉しそうな顔をした将君。一体どうしたんだろう?
あっ
将君の足下にちらっと白と黒のボールが見えた
・・・・そっか
「将君
久し振りにPKしよっか?」
待て、させられてる犬を想像してしまうような姿
それはどうやら私とサッカーがやりたかったらしい
今日は都合の良いことに部活帰りだからキーパーグローブもスパイクもある
素手でやるのも嫌いじゃないけどやっぱり道具が揃っていた方がやりやすい
「よっし、準備完了っ」
軽く手を上げて合図
久し振りの、ってサッカー自体は久し振りじゃないしGKだってここのところしょっちゅうしてたけど
将君とは久し振りになるサッカーが始まった
一本目のシュートを受けた時点でこの間PK戦をしたときよりずっと上手くなってるのが分かった
「将君 キックが正確になってるね」
ボールを返しながらそう言うと将君の「ほんと!?」という嬉しそうな声が聞こえた
(これは私も気を引き締めなくちゃね)
ギュッとグローブを着け直して
将君とサッカーをするのは(ってPKだけだけど)とても楽しい
いつでもサッカーを楽しんでいてくれて
いつでもサッカーを好きでいてくれて
上手くなろうって気持ちをずっと持っていてくれて
そんな将君と一緒にサッカーをしていると私まで嬉しくなれる
サッカーが好きで辛いことがなかったわけじゃない
サッカーを辞めたいって思ったことだってあるしボールに触らなかった時期だってある
だけど
将君とサッカーをするのはとても楽しい
とても温かい気持ちになれるんだ
「うまいもんだな」
ひとしきりPKをやって屋台に戻るとそう松下さんに声を掛けられた
「あ、ありがとうございます」
あの松下選手に褒めて貰えるなんて!
その一言だけでも嬉しかったのに
「何よりとても楽しそうにプレイをしてる」
こっちの言葉の方がずっと心に残った嬉しい言葉だった
変わっていくもの 変わらないもの
たくさんになっていくけど
私はずっと将君と一緒にサッカーをしていきたい
--------------後書き----------------------------------------------------------------------------
・・・えぇ〜何か微妙
最終回みたいな書き方をしてしまいました(笑
ただ自分の中でこれはひとつの区切り、にあたる話だったんで・・・
はい、言い訳ですね
3月8日 砂来陸