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「もし、タイムマシンがあったら」
「珍しいっすね。キャプテンがそんな夢物語みたいなこと言うの」
シャチが楽しそうな声でいう
そうだ。らしくないと分かっている。きっと疲れているんだろう。定時で上がれたのは久しぶりだ。それも3人揃うなんて。
下戸のペンギンはウーロン茶を片手に話しを聞いている
「もし、本当にタイムマシンが手に入ったら・・・」
人生最大の後悔を
「卒業旅行に行く前のおれを殴ってやる」
人はどんなに後悔しても、また過ちを犯す
貴方の鼓動が聞こえないと眠ることも出来ない
「どういうことだ」
恐ろしく平坦な声が出た。だが携帯電話は力が入り過ぎて軋んでいる。
『だから、さっきマキノから連絡があって・・・おれも良くわかんねぇんだよ!』
火拳屋が電話の向こうで声ん張り上げている。シャチが不思議そうな顔をして、ペンギンが何か察知したように動きを止めた
『陸が怪我して今救急車に・・・っ』
火拳屋が言い切るより先にカウンターへ金をたたき付け立ち上がった
「キ、キャプテン?」
「何があったんですか」
「ペンギン車を回せ!今すぐだ!!」
後悔したいことがまた一つ、増えた
右足骨折、肋骨と右腕にヒビ(医学的に言えばヒビも骨折だが)数え切れない打撲傷。特に腹部の内出血が酷い。
「2階から落ちた。事故、らしい」
「言ったヤツを連れてこい。おれが殺してやる」
ペンギンもそんな戯れ事を信じている訳じゃない。この仕事についていれば事故か人為的かの区別くらいつくに決まっている
昏昏と眠り続ける陸の頬に手を伸ばす。
肌は白いのに今は痛々しい痣がある。
「・・・顔はまだマシな方だ」
「咄嗟に頭を庇ったんでしょう」
陸はもし顔に傷痕が残っても何も言わないだろう。ただ静かに諦める。色々なことを。
「また、だ」
「・・・何もできなかったのはおれもです」
「あの頃より金も権力もあるはずなんだがな」
陸の母親の葬儀の時も傍にいてやれなかった。揃いも揃って卒業旅行なんぞに出掛けていた。
帰ってきたら陸の部屋は業者が入った後でもぬけの殻。誰も行き先を知らず携帯電話は解約済み。頭が真っ白になるという言葉はこういうことを言うのか。
火拳屋経由で『白ひげ』から得た情報を駆使してようやく陸を見つけた時
「あの男は警察が重要参考人として捕らえてるようです」
冷静を装っているペンギンだがその声が震えている。怒りでだ
「それから陸が目を覚まし次第話しが聞きたいと」
静かに、陸を壊していく
やはり生かしておくべきではなかったのだ。あの男を。法の力で引き離してもこの有様だ。
陸を、傷つけた。
「・・・ん」
小さな身じろぎに大袈裟な程反応してしまう。余裕なんざ居酒屋に置いてきた
固く閉じられていた瞼がゆっくりと開いた
「陸・・・!」
寝起きのせいか何処か焦点の合わない陸を揺さぶりそうになるが堪えなるべく静かに頬へ手を添える
その温度に反応したのかようやく陸の瞳がおれを映した
「・・・ロー?」
いっそ抱きしめてしまいたい。不思議そうな、不安そうな、幼子のような目をした陸を。
「気分はどうだ」
そう問われ陸は身体を動かそうとするので慌てて押し止める
「・・・痛い」
「馬鹿。動かすな」
ゆるゆると瞬きをして陸は枕から頭を上げることを諦めたようだ。まだどこか夢心地なんだろう。眠いなら寝てて良い。そういう意味を込めて髪を撫でてやる。
擦り寄る陸は本当に幼子のようだった
「・・・だから私は望まなかったもん」
思わずペンギンを見るがペンギンも同じような顔をしている。大きな声ではなかったが部屋が静かすぎたせいでやけに響いた。陸は瞼を閉じているが小さく口が動いてる。
「キラキラした大学生も年相応のオシャレも恋もぜんぶ」
吐息混じりで寝言のようだった。実際陸は夢のつもりかもしれない
「みんな大丈夫って、言うけど・・・ね、奪われるから」
迷惑かけるって分かってたのになぁ。言葉が段々途切れてくる。だがローは自分の背筋が冷たくなっていくのを感じた
「なんで、わたし生きてるの」
「っ!」
・・・その後は寝息しか聞こえなくなった
心臓が異常なスピードで脈打っている
指先が、陸の唇に触れる。・・・息してる
「・・・お前は悪くない」
やっとの思いで絞り出した声は情けないことに掠れていた。
何一つとして陸は悪くないのに
「キャプテン陸は・・・」
「・・・おれ達は何も聞いていない。違うか?ペンギン」
視線だけ向ければペンギンは黙って部屋から出ていった
それは付き合いの長さで解る。暗黙の了解だ
もう一度陸に目を向ける。頬の湿布を除けば無垢な寝顔そのものだ
きっと陸は目を覚ましても覚えていないだろう。生きてることに怯えている自分なんて
「・・・陸」
憎いのは誰だ
陸とあの男が血の繋がりがあることか?陸の父親が、母親が早死にしたことか?
違う
・・・結局は陸を支えきれない自分自身だ
もう何年も持て余している感情がある。幼なじみという肩書にしがみついて中途半端に傍にいて、近付く野郎は排除して。
陸は知らない。今おれが住んでいるマンションは元々二人で住むための物件であることを
おれの引き出しには妻の欄のみ空白の婚姻届が入ってることを
もうずっと陸だけを望んでいることを
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