「え、ちゃんって携帯持ってないの?」

「いや持ってないって言うか使えないというか・・・」

「今時珍しいー」

「ねぇ」

曖昧な笑みを浮かべ視線を避けるようにストックを取りに行く。だって視線はまさに珍獣を見る目だ。

完全に詐欺だよな。とある人は言った。

どうやら私は見た目と中身のギャップがあるらしい。ちょっとカッコよく言ってみた。ギャップ。

(確かに携帯水没させたのは不味かったなぁ)

貧乏一人暮らしなので家電なんて引いていない。勿論すぐに携帯ショップに駆けこんだが修理不可と言われた。

確かにもう寿命だったのかもなぁ、と新機種を勧められながら考えていたが予想外の出費でとてもすぐに買い替えられなかった。

そんな訳で携帯無しの生活を始めて一週間。慣れれば意外と何とかなる。

バイトもしばらくはこのままここで続けられそうだし、シフトだって紙ベースで持ってれば良い。

給料が入ったら買いに行こう。そんなことを考えながら過ごしていた。

「お疲れさまでしたー」

「お疲れさまー。あ、ちゃんこれ持って帰って良いよ」

「遠慮なくいただきますね。お先に失礼しまーす」

タイムカードを切って外へ出る。いつの間にか夕方だ。橙色の空が仕事疲れの目に沁みる。

少しずつ寒くなって来て、そろそろマフラー出そうかなぁなんて考える。あれ、何処仕舞ったっけ。

バイト先から家までは徒歩だ。一応、明るくて人通りの多い道を選んで帰っている。一応乙女。

(目痛い。流石に3時間しか寝ないで2シフト分こなすのは無理があったか・・・。ご飯より眠りたい・・・)

もうすぐだ。この道を曲がればすぐに見えてくる。築30年の二階建てアパートが。

「っ!!」

アパートより先に曲がり角から飛び出してきた影と声には思わず後ずさった。緊迫した声とか、防衛本能だ。

しかし、夕暮れの中見えた姿にピタリと抵抗を止めた。

「シャチ?」

「おまっ・・・!何処行ってたんだよ!今何時だと思ってんだ!!」

「え、5時でしょ。まだ小学生だって出歩いてるよ」

「そういう問題じゃねぇよ!」

じゃあどういう問題だ。5時に帰って来て怒られるなんてとんだ箱入り娘だ。自分は箱入り娘じゃないしシャチだって親じゃない。親代わりでもない。

付き合いの長い、友達だ。

文句を言おうと思うより先にシャチが「ちょっと待て、先に連絡すっから。あぁマジ良かった」とか何とか言って一人で完結するから口を紡ぐしかない

何なんだ、一体。

シャチはフリーターのと違い忙しい。確かに昔からの付き合いで時々会ったりはする。

前は・・・一か月前に素麺パーティしたっけ。ペンギンが貰ってて賞味期限間近のやつ

「ん、よし。・・・で、お前何処行ってたんだよ」

久しぶりに会えたのは嬉しいけどよりによって今日か。疲れてるんだけど・・・

目で抗議するがシャチは仁王立ちしたまま動く気が無いらしい。部屋に辿りつくための階段はシャチの後だ。

此処でこのまま話す、という選択肢。コマンド1つ。

「何処ってバイトだよ。何でそんなに怒ってるの?」

「バイト先まで行ったよ!駅裏の総菜屋だろ?だけど居なかった!!」

「あそこは改装オープン記念で5日間しか入ってなかったもん。今は違うとこだよ」

「なっ・・・何でそういうこと連絡しねぇんだよ!だいたい携帯繋がらないってどういうことだよっ!」

シャチうるさい。ここはアパートの目と鼻の先で問題も起こさず過ごしてきたのに苦情になったらどうしてくれる。

「携帯は壊れてて「っ!!」

音で認識したのと衝撃はどっちが先だっただろう。声、痛い。

あ、声が先だ。

気が付いたら身体がガッチリと拘束され、顔面を埋めた状態だった。

「っ・・・!」

「・・・ロー。痛い」

顔を見なくても分かる。押さえつけられたシャツから何とか顔を上げて不満を漏らすが抱きしめる力・・・最早これは抱きしめるとかガッチリとかそんなレベルじゃない

ギリギリと腕は喰い込んで吸収されるんじゃないか、という力だ

「ロー苦しい」

そう言うのにどんどん苦しくなる。

「が見つかったのか!」

「え、ペンギン?」「ふざけるな。おれの名前を呼べ」「・・・意味が分からないロー」

頑張って顔を動かすと肩で息をしているペンギンが立っていた。シャチより役に立つと信じて目で助けてと訴えてみる

「あぁ・・・何事も無くて良かった」

「節穴かペンギン。どうみても私圧迫死しそうだろ」「」「・・・ロー」

会話も駄目なの?ローはひたすらに私にくっつき、隙間なんて無いのに名前を呼べ、ととにかく謎の脅迫を繰り返す

「厄介事に巻き込まれてなくて良かったという意味だ。今夜はキャプテンを頼む」

「は?」

「オペ続き徹夜続きなんだ。とにかく休ませてやってくれ」

「いやいやいや!色々意味が分からないけどロー連れて帰ってあげてよ。ローも疲れてるなら大人しく寝なよ!」

思わず掌でローを引っ張ぺ剥がそうとしたけど全く効果は無かった。むしろくっつくのが激しくなって呼吸器官に影響が出てます

「の傍が一番良いだろ。・・・それじゃあキャプテン」

「・・・あぁ。悪かったな」

「いいえ、シャチ帰るぞ」

「おう。またな!」

「えー・・・」

もう何て言ったら良いのかわかんない。あっという間にその場に2人きりになってしまった

カァー。何処か遠くで鴉の鳴き声がする。鴉だって帰る、空には一番星が浮かぶ時間だ。

いい加減、家入りたい

「ロー離して。今更帰れとか言わないから」

「・・・」

あぁ、得意のだんまりね。それでも少しだけ腕の力を緩め、動けは、する。

ローをくっつけたまま、階段を上る。首筋に当たるローの吐息と髭がくすぐったい。鞄の中が見えないから手探りで鍵を出してドアを開けた。

そこからローの行動は早かった。靴を脱いだと思ったら足が宙に浮いた。ローが持ち上げたのだ

無言のまま勝手に私の部屋、と言っても6畳一間なので玄関から一直線。そして転がされた

ベッドは無い。畳んである布団を枕に人のこと抱きしめたまま、まさかの寝る体勢に入ってしまった。確かに寝ろと言ったがこれは無い。

バッグは押しつぶされてしまっている

いくら何でも横暴だ!と言いたかったがローの顔を見たら暴言が引っ込んだ。

いつもより濃い隈。眉間の皺も3割増しだ。凶悪面に拍車がかかっている。長年の付き合いで分かってしまう。これは酷く疲れているということで・・・

「ローせめてスーツ脱ぎなよ。皺になる」

「・・・大人しく抱かれてろ」



「・・・彼女さんのトコ行けば良いじゃん」

「あぁ?何でわざわざ会いに行かなきゃならねぇんだ」

(・・・私には会いに来たくせに)

人の胸に顔を埋めて収まりが良かったのか本気でこのまま寝るつもりらしい。乙女のおっぱい何と心得る。枕代わりか。

腕を精一杯伸ばして毛布を手繰り寄せる。上手く被せられたか分からないけど苦情は受け付けません

ローの頭を抱きしめるようにしてくっ付いて、ゆっくりとまどろみに落ちて行った




愛、飼育