期待の医師とフリーター。それがローと私




種蒔いたのだぁれ




何かを叩く音で目が覚めた。

「んー・・・」

耳触りすぎる、と寝返りをしようとするも身体が何かに絡まってて動かない

そうして響き渡る今度は電子音

ようやく目が開いた

「・・・ローでんわ」

絡みついていたのはローの身体で腕と脚を器用に使って拘束されていた。どおりで身体が痛いはずだ。

体格差を考慮して欲しい。何とかローの腕を解き音の元、ローのポケットから携帯電話を引っ張り取った。

「ロー」

上半身起こした状態で片手に携帯電話、もう片手でローの肩を揺らす。何でこんなに煩いのに寝れるの!?

イライラしながら通話ボタンを押す。知ったことじゃない。色々と

「ローはまだ寝てるから後から掛け直してっ!」

『が起きてれば問題ない。開けてくれ』

「・・・は?」

『誰か見ないままに出たのか?』

電話の向こうで密かに笑う気配がする。ローの束縛を完全に解除して急いで玄関に向かった。小さく「いってぇ・・・」とか聞こえるけど無視だ。

ガチャッ

「おはよう」

耳に当てたままの電話と目の前の人の声が重なる

「・・・おはよペンギン」

くしゃり、と頭を撫でられ子供っぽいその仕草にちょっとだけむっとした。

荷物を抱えたペンギンをとりあえず部屋に招く

「悪いな。朝早くから」

「ううん。どうしたの?あ、とりあえず上がって。ローもすぐに起こすから」

「何の用だペンギン」

固い物にぶつかった。いつの間に起きたのかローが不機嫌そうに真後ろに立っていたのだ

「ご挨拶ですね。朝一から予定してた学会をお忘れで?」

「・・・覚えてる」

「スーツ持ってきたんで準備して下さい。一時間で出ますよ。、済まないが朝食を頼む」

「え」

スーパーの袋を突き出され反射的に受け取る

その横でローもスーツと思われるものを渡されていた

「チッ」

何に対する舌打ちか分からないが機嫌が急降下しているロー。きっとこのままシャワーに向かうだろう

慌てて部屋に取って返すと押し入れに直接放り込んであるタオルと下着を持ってくる

「ん」

「ああ」

くしゃくしゃになったスーツにボタンを3つも外したシャツ。これでもイケメンと呼ばれるんだから世の中おかしい。

ペンギンのほうがよっぽど紳士だ。あ、イケメンと紳士って違うのか?

まぁ、とりあえず

「おはよ。ロー」

ちぐはぐになった挨拶にローが驚いた顔をする。しかしすぐに口元だけで笑った

ローがシャワーを浴びてる間にペンギンが持ってきた袋を開ける

しかし

「・・・ペンギンこれ朝ごはんには多いよ」

何を作るつもりで買ってきたか分からないがきっと朝昼晩3食作っても余る

「そうか?余ったらが使えば良いさ。・・・冷蔵庫も随分空いてるようだし」

勝手知ったる何とやら一緒に荷解きしながらペンギンが冷蔵庫を覗きニコリと微笑んだ

しかし目は笑ってない

「何食べてたんだ?」

「・・・最近はバイト先から貰うこと多くて」

ヘラリと笑ってみるもののペンギンが騙されるはずもない。それ以上追求はされなかったがため息はつかれた

「時々は自炊しろ。せっかくの腕が泣くぞ」

「泣くほどの腕は無いよ」

「そうか?おれはの手料理好きだけどな」

さらりとそんなこと言うペンギン。不意打ちにちょっと慌てる

分かってる。ペンギンは心配してくれてわざとこんなに買い込んだに違いない

ローの幼なじみとしての私を心配してくれてるのだ。他意は無い。だから断じて赤くなったりしてはいけない・・・!

「・・・朝ごはん、和食で良い?」

「任せる。味噌汁はキャプテンの好きな具にしてくれ」

「ん。了解」

始めれば料理はどちらかと言えば楽しい。だけど自分だけの分は不思議なことに美味しくないのだ。

口に出すとガチでローが通うとか言い出しそうで怖いから言わないけど

急いでご飯を炊いてお味噌汁と出汁巻き卵を作る。炊飯器じゃなくて圧力鍋で良かった、とこの時ばかりは思った。30分もかからなくて済む

あとは魚焼いて・・・

「おれは肉が喰いたい」

ローがお風呂から出てきた。・・・パンイチで

ツッコむ元気がない。女の子の家でそれってどうなの

「朝から肉とか胃もたれするよ」

「どうせ食うなら肉が良い」

・・・結局、ベーコンを焼いた。ペンギンも朝からがっつり食べる派だったから。

食後にまたアンバランスながらコーヒーを3人分

「お前昨日何処に居たんだ」

「バイト」

「携帯は通じねえ。せめて電源は入れてろ」

「・・・携帯壊れた」

コーヒーを飲んでいたローの顔が険しくなる。ペンギンもだ。

「だったらさっさと新しいの買え」

声音がどんどん低くなり、いかにローが不機嫌かを示す。しかしこれくらい流せないとローとは付き合えない

「給料入ったら買うよ。遅くても再来週には」

「ふざけるな。今日だ」

横暴だ!むっつりと黙りこむとやんわりとペンギンが口を挟む

「おれもすぐに買いに行くべきだと思う。心配するだろ?」

・・・そう言われても困るのだ。主に金銭面で

我ながらフリーターの末にいる。最低限のバイトしかせず貯金もない。今携帯を買ったら家賃が払えなくなる。

「」

コーヒーを飲み干したらしいローがまっすぐこちらを見ていた

「今日携帯を買いに行くか此処を引き払っておれの家に来るか。選ばせてやる」

・・・お医者さんという高給取りには縁のない悩みかもしれない。それを差し引いても可笑しい選択肢だが

執着心と呼ぶのか。幼なじみの延長線にしては行き過ぎてる

「・・・買うよ。新しいの」

そうするしかない。この際一番古い型でも良いや

渋々そう返事したのにローは複雑そうな顔で見てるだけだった。不満気、って酷いだろ色々

「ほら、会議?なんでしょ。急ぎなよ」

片付けは私がしとくよ。と言えばペンギンが「悪いな」と言ってくれる。ローにはそんな殊勝な言葉期待してない。過去洗い物してくれたこと無いし

バタバタと準備する二人を玄関まで見送る。狭い玄関なのでペンギンが先に出た。次に会えるのはいつかなぁ、なんてぼんやりと考える。

「あっ」

腕を引っ張られた。ドアが閉まる。ペンギンの姿が見えなくなる。

「」

・・・この男は本当に何がしたいんだろう。キスでもするのかという距離にいるロー。

いつの間にか背中に腕が回っていて抱きしめるようにローは私を見つめていた

「おれは2つの選択肢を与えた。携帯を買うかおれの家に住むか」

「・・・携帯を買う」

執着心、なのだ。ドアの向こうでペンギンの声がする。ここには、二人きり。

こつん、と額が重なる。キスはしない。

寂しいとか、心配だとかローは口にしない。ただ不満気に見つめてくるだけだ

「・・・いってらっしゃい」

小さく「あぁ」とだけ返ってくる。ドアが開いて一瞬だけペンギンが見えてまた閉まった。

部屋には私、一人ぼっち