寝返りをうっても
瞬きをしても
世界が変わることはない
眠れるわけがない
何も考えないようにしようとすればするほど目が冴え、しまいには部屋の隅で飛んでる黒いコウモリとにらめっこ状態に陥った
世界の終焉にようこそ4
(サイキックガァル)
「・・・帰れない、ってことですか?」
ここは過去の世界らしい
最初に聞いた時は笑えない冗談だとばかり思った
だけどあの刀の人と話しをすればするほど噛み合わなくて・・・
じわり、と目が熱くなる
いけない。気を抜くとすぐに涙が溢れてしまう
深く深呼吸して心を落ち着かせる
-鎖国中の日本
-江戸
歴史の教科書でしか見たことのない言葉が出てきて
私は場所だけでなく時空も跳んでしまったらしい
『・・・君が最初に現れた時に落とした鞄の中を見せてもらったよ。
あんなに綺麗な写真も書いてある西暦も決して今の日本には存在しないものばかりだ』
眼鏡の人の言葉を訳してもらって、そして
「・・・その力は時間も跳べるのか?」
ふるふると首を横に振る
時間なんて越えたことない。
今まで一度だってなかったのだ
(・・・どうすれば良いんだろう)
今、跳んで日本に帰っても家無いんだって
さっき2回跳んでも時間は越えなかった
「・・・もう一度、ここに来た経緯を聞きたい」
何も考える訳もなくただうなずいた
ぽつぽつ、と言葉が溢れだす
「・・・学校が終わって、図書館に寄ろうと思って、靴を履き替えて外に出ようとしたら人とぶつかったんです・・・」
そう、それが丁度階段のてっぺんだったのだ
校門の階段。石造りの古めかしい由緒ある階段。簡単によろけた私は見事に階段を踏み外した
「きゃっ!」
どこかで誰かが「危ないっ!」って言ってた気がする
ぐるり、と視界が180度回転して頭から階段を転げ落ちる自分の姿を想像してしまった私は思わず力を使ったのだ
ポタリ、と手の甲に水が落ちる
間を置かずポタポタと落ちてきて自分が泣いてることに気付いた
慌てて袖口を引っ張り上げる
『ああっ!ちょっと神田君!泣いちゃったじゃないか!上手く慰めて!!』
『なんで俺が』
『言葉が通じるのが君しかいないんだよ!』
『あ、あの泣かないでください・・・!』
白い髪の人が何か必死に訴える
話の続きを促してるんだろうか?
「ご、ごめんなさ・・・」
泣きやみたいのに惨めにも鼻まで詰まるから声まで出なくなった
そして聞こえたのはいらだちの混じった舌打ち
「泣くな」
ぐいっと腕をとられ、それにつられて顔を上げると温度の低い親指が頬をかすめた
「・・・」
「お前がここに来た原因は判らないが来たからには・・・帰れる」
視線はあくまで鋭く、触れた体温は低い。
だけど言葉は今、私が何よりも欲しい言葉で。
優しくて温かかった
「・・・はい」
瞬きをするとまた一粒涙が溢れた
それをまたゆっくりと親指が拭う
人の、体温って気持ち良いんだなぁ
『・・・えーっと今日はもう遅いしお開きにしようか。もちろん君にも部屋を用意するよ。女の子だしソファで寝させるわけにもいかないしね。
うん、とりあえず今日はゆっくり休んで。』
「部屋を用意するから今日は休め」
「えっ、」
い、いいのかな そこまでお世話になっちゃって・・・
でも私には他に頼れるものがない
お金だってちょっとしか持ってないし(江戸時代でさらに外国なら使えない)
「・・・よろしくお願いします」
ぺこり、とお辞儀をすると眼鏡の人に何か言われた
『わぁ!それが日本の挨拶お辞儀ってやつだね!初めてみたよ!神田君はしてくれないしー』
「・・・?」
何故か訳してもらえなかった
「部屋に案内する。ついてこい」
スタスタと歩き出した刀の人を慌てて追いかける。
と、その前に一度立ち止まってみんなの方を振り返った
たくさんの瞳がじっとこちらを見ていて思わずしり込みしそうになったけど頑張ってこらえた
「ご迷惑をおかけします」
もう一度お辞儀をして今度こそ追いかけた
一人小走り、一人歩きながら去っていく二人を見送って最初に言葉を発したのはアレンだった
『・・・えっと神田脅して泣きやました訳じゃないですよね?』
『アレン君。君がさっきの光景を疑いたい気持ちは分かるけど慰めてたんだと思うよ・・』
科学斑を含むみんなの心中は全く同じだった。
神田(君)があんな仕草をするなんて・・・
「ここだ」
開かれた扉からヒンヤリした空気が溢れる
誰もいない部屋
刀の人が部屋に入るように目で促す
恐る恐る足を踏み入れると、もちろん知らない部屋だった。
何を期待していたんだ、と自分を叱咤したくなる
ハタハタ、と妙な羽音が聞こえて顔をあげるとさっきの部屋にもいたあのコウモリがいた
・・・この部屋の先住民だろうか?
聞くに聞けず、まぁ噛みつく訳でもないので良いか。と前向きに考える
「妙な疑いをかけられたくなければ部屋から出るな。その力も使わない方が良い」
「は、はい」
ぎゅっと手を握りしめる
えもしない感情が体を駆け巡るのを抑えるように
大丈夫。何かは判らないけど私はまだ大丈夫。
得体のしれない私を誰も追い出したりしなかった
改めて、目の前のこの人の優しさを実感した
「ありがとうございます」
私がお礼を言い終わるよりも早く彼は踵をかえしていた
「あ、のっ!」
今、声をかけないときっと聞けない。そう直感した
反射的にシャツを掴んだ
「何だ」
立ち止まってはくれたけど、振り返ってはくれなかった
それでも良い。
「お名前を教えて貰えませんか・・・?」
何かあったらまた貴方を呼べるように。
そんな酷く子供じみた考えが嫌でたまらない
だけど聞かずにはいられなかった
「神田だ」
空気を震わす、まっすぐな声
神田さん、と心の中で繰り返す。
この人は私のことを投げ出さないで面倒みてくれた
「神田さん、本当にありがとうございました」
「・・・」
無言の返事。聞こえてない訳はないと思うけど・・・
そっと手を放す
やっぱり振り返りもせず歩き出してしまった
(・・・やっぱり、面倒事だって思われてるのかな)
後ろ姿を見えなくなるまで見送って改めて部屋を見渡す
部屋には木の机とベッドが備わっていた
触れるベッドは冷たい
はふ、とため息とも深呼吸ともとれない吐息がこぼれた
ローファーを脱いでベッドに潜る
何も考える気がしなくて、何も思い出したくなくて
ただ瞳をとじて世界を遮断する
もし、夢ならそろそろ覚めてくれてもいいのに
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