柩で眠りたい少女と通りすがりの少年
奇妙な方向にねじ曲がった腕。白い骨がとび出している脚。口からはダラダラと血と涎が混じり合っていて・・・・・・「ぶっさいくな顔」
我ながらそれはあんまりだろ、っていう言葉。
それが私の死に顔に対する第一声だった。
(あーぁ・・・・・・私って死んだんだぁ・・・・・・)
幽霊?になっての記念すべき第一声を発してからしばらくたってようやくそう分かった。
せめてこのとび出した骨くらいは元に戻してあげようかなって思ったけど。
(スカートも捲れちゃってるし。うわ、セクシィ〜)
その脚もスカートもどんどん赤黒く染まってきたからやっぱり伸ばし掛けた手は引っ込めておいた。
だって私の手が汚れちゃうじゃない?
(そもそも今の私って何かに触れることが可能なのかしら?)
気が付いたら赤黒い水溜まりは私の死体を中心に広がっていってる。ゆっくりゆっくりと。
まるで地獄の入り口へ私の体が落ちていくみたいに・・・・・・
「君。死んだの?」
「うわっ!」
イキナリ後ろから声を掛けられてびっくりしてしまった。
何て不便なの!この体!だって人の気配が全然分からないんだもの!
(もしかして感覚という感覚は全部無くなってる?)
振り返るとそこには死神が・・・・・・じゃなくて。
「アンタ誰?」
立っていたのは死神なんて恐ろしいものじゃなくて同い年くらいの人間だった。。
(死神=大鎌っていう認識があるのは私だけじゃないハズ)
ただし、半透明体だったけど。
「わぁ。見事な死に様だね。これは確実に即死だ」
人の質問は思いっきり無視をしてその得体のしれない人間は私越しに私の死体を見ていた。
「ちょっと。人の体勝手に見ないでよ。アンタ何なの?」
子供みたいだけど両手で死体は見えないようにして睨みつけてソイツに言ってやった。
そこまでされてようやくソイツは私の方を見た。
(今までホントに私の事見て無かったのよ。目の前にいるっていうのに!)
「『何』っていうのは的確な質問だね」
「はぁ?」
「誰、と聞かれて僕が自分の名前を言ったところで君は満足しないだろう?自分が聞きたい事はそんなことじゃない、って」
思いっきり胡散臭そうな目で見るとソイツはわずかに首を竦めた。
「僕は君と同族だよ。まぁ・・・・・・たった今死んだ君よりは先輩だけどね」
「ってことはアンタも幽霊なんだ」
「好きに定義してくれて構わないよ。僕は自分が何て呼ばれようと興味がない」
「何それ」
それってあんまりじゃない?って言ってやろうと思ったのにそれより先に幽霊の方が口を開いた。
(もうコイツの名前は幽霊に決定。どうせ名前聞いたって教えてくれなさそうだし)
「君はあの建物の屋上から落ちたみたいだね。自殺をするならもう少し他の方法があっただろうに」
きっとその言葉はあんまりにも醜い状態になってる私の死体を見て言ってるんだろう。自分でも分かってるっつーの。
「自殺じゃないわよ」
「へぇ?」
これは本当だ。少なくとも私は死ぬつもりはなかった。
でも・・・・・・
「どうでも良いじゃない。そんなこと。私がどうやって死んだかなんてアンタには関係ないでしょう」
「それもそうだね」
思いっきり睨んだ事が効いたのか一オクターブ低くした声が効いたのか分からないけどそれ以上幽霊は何も効いてこなかった。
(もしかしたらホントに私の死んだ理由に興味がなかっただけかも)
変なヤツ。
死んだ感傷に浸る間もなく(元々浸るつもりもなかったけど)いきなり現れて。
もしかして人間って死んじゃうとみんなこんな性格になっちゃうわけ?
・・・・・・うっわ最悪
チラリと盗み見すると幽霊はもう私のことも私の死体も見て無くて代わりに空を眺めていた。
私も空を見上げてみたけど別に面白いものは何もない。
鳥やヒコーキが飛んでるわけでもましてや宇宙人やスーパーマンが飛んでるわけでもない。
諦めて私は私の死体に視線を向けた。
地獄の入口のような血の海はさらに広がってる。もう、それこそ私の体には一滴も残ってないんじゃないかっていうくらい。だけど止まることなく血の海が広がってるから私の体にはまだまだ血がたっぷりと詰まってるわけだ。
どうしてこうやって目に見えるものと見えないものがあるんだろう。
同じように体に詰め込まれてるのに。
「・・・世の中って理不尽だと思わない?」
どうせ死んだんだし、なんてやけっぱちもあって気が付いたら心の中に押しとどめていた感情が溢れていた。
ううん、どっちかっていうと隠してた思考が表に出てきた、って感じ?丁度、血と同じように。
「身体的暴力を受けそうになった場合に相手を殺すのは正当防衛って見なされてるわ。法的に許されてて罪に問われることもないことだってある。
でも精神的暴力を受けた場合に相手を殺すと罪になるわ。相手を殺さなきゃ耐えられないくらい辛くても、よ」
別に誰も聞いてなくても良いから言いたかった。
心の叫び?なんて古いかな・・・・・・
「それは精神的な暴力が目に見えずに測ることが出来ないからさ」
いつのまにか空をみてたハズの幽霊は私の方を興味深そうに見ていた。
(え、今のって私に対する意見よね?)
「今の世界は曖昧な存在をとても恐れている。人間が抱えている精神の部分に関しては特に、ね。
目に見えない精神面よりも身体的な痛みの方が痛いと信じられている。精神的な痛みは言葉でしか表現されないからね」
と言うことはそもそも言葉すら信じてられていないのかもね。と幽霊は続けた。
この幽霊は変なヤツなんかじゃない。
びっくりして声が出ない。だってまさか私以外にこんなこと考える人間がいるなんて思わなかったから。
驚いて声が出ない私なんてお構いなしに幽霊は続ける。
「さらに今の世界は理由が無いモノ、を頑なに拒む。良い例が少年犯罪だね。未成年というだけでまず理由は学校生活か家庭生活に絞られる。そしてその中で見つけられた平均的では無いものを理由に仕立て上げる。少々の装飾も忘れずにね」
こんなことがスラスラと言えるって事は普段からこんなことばっかり考えていたっていう証拠?
コイツの言っている事が真実だとは思わない。
だけど今まで誰が言っていた言葉よりも真実に近い言葉だと思った。
「あんたの言う世界は人間よね?」
やっとの思いでそれだけ口にした。
幽霊は一つ頷いた。
「そうだよ。僕の定義している世界は地球を指しているわけじゃない。
こうやって思考を巡らせるのも全てを統括しているという傲りを持っているのも全ては人間だけさ。
そうじゃなくても僕は人間以外の生き物の情勢なんて全く分からないからね」
それじゃあ。
「人間は、一体何を恐れてるの?」
答えはすぐに返ってきた。
まるでそれ以外に答えは無いと言わんばかりに。
「人間が恐れているのは人間さ」
さも当然のように幽霊は言う。
あぁ、だからだ。と何だか妙に納得出来た。
だから私は死んだんだ、って。
「・・・・・・じゃあ幽霊も?」
「主語無しでは質問の意図が理解できないよ」
すみませんねぇ。
「幽霊も人間が怖い?って聞きたかったのよ」
「まさか」
幽霊はおおげさすぎるくらいのリアクションで驚いた。
「僕は人間が大好きだよ。僕自身を含めて」
「ふぅん・・・・・・」
それって一種のナルシスト?どう聞いたって人間を貶すような言葉ばっかりだったけど。
「あ。今更だけどもしかして幽霊って幽霊じゃないの?あぁ意味わかんないか。
私はずっと勝手に幽霊って呼んでたけどもしかして死神とか天使・・・・・・にはちょっと見えないけど。そういう類?」
だったら全部辻褄(勝手な辻褄だけど)が合う!って我ながら名推理のつもりだったのに幽霊(あれ?もう幽霊って呼んだらダメなんだっけ?)は間を置かず首を振った。横に。
「僕は人間だった生き物だよ。ただ自殺してこんな姿になっただけの一介の人間さ」
「なぁんだ」
つまんないの。だってもし死神とかだったら私の事あの世に連れて行ってくれるって思ったのに・・・・・・なのにただの自殺者だなんて・・・・・・・ん?自殺・・・・・・?
「ちょっと待って。幽霊、アンタって自殺者だったの?」
「そうだよ」
・・・・・・ショック
いや、勝手に幽霊って勘違いして死神って勘違いしてたんだけど・・・・・・
(紛らわしい幽霊の方が悪いのよ!)
「何で死んだの?」
だって可笑しいじゃない。人間の事大好きって言っておいて、自分の事も大好きって言っておいて、それでも死んだのよ?
「さぁ?」
はぁ?今の今まで小難しい評論家みたいなこと言っておいて「さぁ?」ありえないし!
「少しでも尊敬した私が馬鹿だった」
「それは心外だね」
幽霊は全く心外だなんて思っていなさそうな声でそう返してきた。
何だかそれが返って腹ただしくて言い返す。
「好きなのに自殺するなんて矛盾してる」
「人間は本来矛盾している生き物だよ。泣きながら産まれてくるのに死ぬことを恐れているんだからね」
「屁理屈にしか聞こえないわ」
というか屁理屈にしか聞こえなくなったんだわ。うん。
「なら聞かせてもらうけど君は何故今まで生きていたんだい?」
「何故って・・・・・・」
「ほら。答えられないだろう?」
勝者、幽霊。
悔しいけど私の負けだわ・・・・・・ほんとに悔しいけど!
ふと、死ぬ直前の事を思い出した。
つまりあの廃屋の上での事。
あの時、確かに私は死にたいと願いはしなかったけど生きていたいと願う事もなかった。
幽霊が言ってるのはそういう事なのかもしれない。
「アンタの言葉は異端者のセリフよ。全てね」
幽霊は表情を変えずに私を見てた。
(死体じゃない方の私、ね)
「でも真実に近い、って思う」
せっかく褒めてあげたのに幽霊は相変わらず表情を変えなかった。少しくらい嬉しそうな顔しても良いと思うけど。
だけどそれがかえって幽霊らしいとも思えた。
満足。自己満足。
「ありがとう幽霊」
「何か僕はお礼を言われるような事をしたかい?」
したよ。充分すぎるくらい。
だけどきょとんとした幽霊の顔が未だかつてないくらいに人間らしかったからあえて言わないでおく。意地悪じゃないわ。
「それじゃあ。ね」
「どうやら君はもう見切りをつけることが出来たみたいだね」
「うん」
会話はそれでおしまい。
本当はもう少し幽霊と話をしてみたかった、っていうのが本音なんだけど何だかふわふわして気持ちが良かったからそのまま身を任せた。
そう言えば幽霊はどうやって死んだのかしら?その辺りも聞いておけば良かった・・・・・・。
・・・・・・少なくても私よりは綺麗な姿だったハズだわ・・・・・・。
***
自分以外の誰かと話すのは久し振りだった。
ここに横たわっている死体の精神体にあたるものが消えていく様をリアルタイムで見送ってその場にはしばらく僕と・・・・・・死体だけが残った。
どうやら幽霊と呼ばれる状態は永遠ではないらしい。
現在までの途中経過から言わせてもらうと幽霊になってからの時間、というものは十人十色のようだからだ。
つまり先ほどの彼女のように死んで半日もしない間に幽霊の時間に終わりを迎えるものもあれば僕のように死んで・・・・・・もうどれくらい経つのか分からないくらいの時間を過ごす者もいる。というわけだ。
僕は未だにこの世に留まっている。
この状態になってしばらくの時間を思考に費やした結果、どうやら僕の思考は生きていた時以上に貪欲になっている、という事が分かった。
きっと僕が消える時は僕が思考を止めた時か人間に対する興味が無くなった時だ。
急にバタバタとしたせわしない足音と話し声が聞こえてきた。
「ちょっとどうするのよ!」
「知らないわよ!まさか本当に落ちるなんて思わなかったんだもの!」
「とにかくここから早く離れなきゃ!誰か来る前に・・・・・・!」
誰か、に幽霊が入っているのならもう手遅れなんだけどな。なんて思いながら僕は横たわっている死体と同じ制服を着ている数名の少女達を見ていた。
せわしない足音に少し潜めた声。それからヒステリックな声は彼女の死体を見ることなく遠ざかっていった。
「・・・・・・確かに彼女は自殺者じゃなかったみたいだね」
生きることを恐れて死ぬことを恐れている生物。
愚かで綺麗な生物。
あぁ、やっぱり僕は人間が大好きだ