まぁ何となく予想はしてたよ。嬉々として部屋の手配をする辺りから。
旦那の呼び出しは案の定ちゃんの夕餉についてだった。しかもしばらくこの上田城に滞在させるつもりらしい
俺様は呆れてしまった。
いくら忍らしくなくても、悪い娘じゃないかもしれないけど怪しい娘であることに変わりはない
「旦那、いくらちゃんのくれた甘味が美味しかったからって・・・」
「なっ・・・!失礼だぞ佐助!た、確かに殿から頂いたけぇきは美味で御座ったが決してそれだけでは無い!!」
「なぁんか説得力に欠けるね。あ、もしかしてちゃんに惚れたとか言うんじゃないよね」
軽口を叩いてみたものの内心最悪だと思った。当たってたら。何度も言うが怪しい娘なのだから
「破廉恥なことを申すな!!」
顔を真っ赤にして言う。どうやら外れているらしい。良かった最悪の事態は避けられそうだ。
「じゃあ何なのよ?だって初めてでしょ、旦那が娘さん連れて来てあまつさえ泊めてーそこまでして傍に居たいの?」
風来坊じゃ無いけど恋なんじゃないの?
「某はそのようなつもりで殿を招いたのではない。・・・いや、始めは確かに甘味だったのだが・・・話してる内に、こう・・・」
うんうん唸り始めた旦那は何か閃いたように口を開いた
「・・・そうだ!殿は綺麗なのだ!」
・・・旦那、意味分かって言ってる?
『三千世界の主を殺し 鴉と添寝がしてみたい』
「・・・え、と」
和解したと思ったのは私だけだったんでしょうか
監視と言うより観察されている。どうしたの佐助さん?
「・・・まぁ綺麗って言うよりは可愛いだよね」
「・・・え、幸村さんが?」
今まさに色付けしている幸村さんの手。
赤ん坊の紅葉みたいなお手々とかならまだしも男の人の手だよ?可愛いか?
・・・い、いや私には分からない主従の奥深さがあるのかも
あえて深く考えないぞ!
「ちゃん今何か失礼なこと考えたでしょ」
「まさかの読心術!?」
本当に晩御飯までご馳走になってしまった
更にしばらく泊めてくれるという
お礼というかお詫びというかデザート代わりにゼリィビーンズを差し出すと幸村さんは目をキラキラさせ佐助さんが嗜めていた
「・・・何これ色のついた豆?」
「佐助、これはぜりいびんずだ!」
「寒天を砂糖で包んだ、が1番しっくり来る説明ですねー。まぁ百聞は一見にしかず、食べてみて下さい」
先に一粒頬張る。何も仕込んでませんよ、というパフォーマンスだ
恐る恐るかじった佐助さんは一言、甘い。と呟いた
「旦那が虜になる訳だねー・・・」
「え?」
「殿!もう一粒宜しいか?」
幸村さんのおねだりにどうぞ、と包みごと押しやった。此処まで喜んで貰えたら本望だろう
私はスケッチブックと色鉛筆を広げる
今日は、色鉛筆な気分だ。決して手抜きではない。
「よく見ないで描けるね」
目の前がふっ、と陰る。顔を上げれば佐助さんが覗きこんでいた
絵は着々と完成に近づいている
「影まで鮮明」
あぁ、と私は納得した。この時代の絵画と私の描く物はまるで違う。
私は天地がひっくり返っても浮世絵なんて描けないし水墨画もしかり
西洋文化とでも言うのか
光と影が織り成す世界が好きだ
「南蛮被れとでも言いましょうかね」
「ちゃんの家って貿易でもしてるの?」
「そんなんじゃないです。えっと・・・私の育った所は南蛮の物が溢れてて・・・それが当たり前だったんです」
頬っぺたをハムスターみたいに膨らませていた幸村さんが首を傾げた
「殿は何処のお生まれで御座ろうか?」
思わず苦笑してしまう。それはとても単純で難しい質問だった。
「ずっと遠くです」
あ、佐助さんが少し怒った
言い訳なんて浮かばないのでスケッチブックでこっそり壁を作る。必殺気付かないふり!なんちゃって
・・・赤が似合うと思う幸村さん。太陽はこっち。だから髪が柔らかく透けて見えるのはここ。子供の頬には涙跡があってでも笑って真っ赤に
見なくて描ける、それは少し違う
一瞬をキャンパスに残す
空が青くて雲がすこぅし。風はない。
世界は私とこのキャンパスだけになる
「よし、完成」
色鉛筆を置いてもう一度見る
うん。
「じゃじゃーん。出来上がりましたよ」
「おお!お疲れ様で御座いまする!」
「・・・やっぱり色がつくと違うねー」
どうぞ、とスケッチブックごと渡そうとしたら何故かスケッチブックが宙に浮いた
・・・浮いた
瞬時に佐助さんが臨戦体勢になる。更に何処から現れたのか沢山の人達に囲まれた自分がいた
・・・とっても穏やかじゃないそんな空気にスケッチブックを離しホールドアウトした私はしょうがないと思う。うん。
「あっちゃん?」
「あっちゃん殿」
スケッチブックを手中に納めたあっちゃんは空中にプカリと浮かんだままにんまりと・・・笑っていた
も、もしかして
「わーっ!!」
「どうしたので御座るか!?」
「いきなり大きい声出さないで!」
それどころじゃない!
慌てて両手を伸ばしたが遅かった
スケッチブックには掠っただけ。あっちゃんには届きもしなかった
「あっちゃん待った待った待った!それはあっちゃんに描いたんじゃないの!それは佐助さんにっ・・・!」
「え、俺様?」
金色の瞳はつい先程完成したばかりの頁を眺めている。それはそれは楽しそうに。
私はこれを知ってる
ひゅっ、と風を切る音が聞こえた
あっちゃんは顔も上げずに空いてる手を振って何かを払い落とした
落ちた物を見てみるとそれはクナイ。しかも刃が溶けてる
小さく「化け物・・・」という声が聞こえた
うん。否定はしない・・・
だけどこれから更に人間離れした光景が見られるのだ
ゆっくりとあっちゃんの指先がスケッチブックを撫でる
ふぅわり、何かがうごめいた
息を呑む音が聞こえる
するすると動くあっちゃんの指先から、頁から、何かがうごめいている
私にはそれがたった今出来上がった絵に見える
だけどみんなにはどうだろう?
気になるけどどうも聞ける雰囲気じゃないぞ
「・・・佐助さんにあげるはずだったのに」
あっちゃんは『食事』を始めてしまった
宙に浮いたままくるくると廻る
まるで子供が嬉しくて跳びはねる姿に似ている
・・・美味しいのかい?あっちゃん
反比例してがっかりしてしまう私に周りの人達が困惑しているのを肌でヒシヒシと感じる
「え、え?ちゃん。どうなってるの?」
「あっちゃんが食べちゃってます・・・」
「食べて、る?」
「はい。食いしん坊なんです・・・佐助さんにあげたかったのに・・・」
「あっちゃん殿は真に絵を食するので御座るか」
「御座るのです。食いしん坊なんです。我ながら綺麗に出来たけど子供も幸村さんの手・・・も?」
あ。
俯きかかった顔を上げると食事中のあっちゃんと目が合った
「幸村さんの願いはケーキでしたよね?」
「何言ってるのちゃん?」
「そうで御座る!」
訝しげな佐助さんの台詞を無視して幸村さんは断言した
次の瞬間幸村さんの目の前に一畳分はある巨大ケーキが登場した