ドリーム小説 猿飛さんはきっと公私混同しないタイプだ

つまりお仕事を一生懸命するということで、幸村さんに一生懸命仕えてるということで

…だから幸村さんの前でしか私のことを名前で呼ばないのは些細なことだ

「はい。此処がアンタの部屋」

愛用のトランクを持ってきた部屋は広くて色んな意味で泣きそうになった





『三千世界の主を殺し 鴉と添寝がしてみたい』




『怪しい』代名詞のような奴が来た

また俺様の苦労が増える

とか言うおかしな女

真田の旦那を甘味で釣って妖を従えて上田城に乗り込んで来た

屋根裏から覗き見るは落ち着かない様子で部屋の中を見て回っていた

…金目のものでも探してるのか?

「もったいない…何なら外で野宿でも…」

何言ってんのこの子。年頃の娘が野宿って…

怪しいと言っても彼女の身体は普通の農民以下だ。賊に襲われたりしたら抵抗なんて出来ないだろう。そう言う意味では安心だ

パチン、聞き慣れない金属音が響く

見ればが持っていた葛を開けた音だった

思わず目が鋭くなる

端的に言えは爆薬でも出てくるんじゃないかって

しかし彼女が出したのは大きな書物と…なんだあれ箸か?いや串?

よくわからない

それから風呂敷も広げて色鮮やかな豆のような物を懐紙に包んで懐へ入れていた

「えっと…見張りの方いらっしゃいますかー?」

…馬鹿じゃないのこの子

「部屋から出ても大丈夫でしょうかー?」

はいはい、なんて返事すると思ってんの?

返事がないなぁ、と呟いては勝手に障子を開けた

…結局出ちゃったよ


あの葛の中身が気になるがとりあえずそのままの監視を続ける

廊下をぐるりと見渡し見かけた女中に声を掛けていた

情報収集でもする気かと思えばニコニコと挨拶を交わし此処に座ってて邪魔にならないかと廊下の一端を指差していた

真田の旦那がお持ち帰りした女として既に知れ渡っていたんだろう。大いに不審そうな顔をしつつも女中は頷いていた

笑顔で御礼を述べては廊下にペタンと座り込む。傍らには葛から出した荷物を置いて

お茶をお持ちしますね、という女中の言葉は大慌てて断り、お構いなく!むしろ邪魔だったら遠慮なく言って下さいね。お仕事中声掛けてすみませんでした。と謝り、逆に女中を困らせていた。結局は何かあったら言って下さい、と女中が引き下がることでその場は収まった

は一人廊下に座り込んでいる。正確には俺様や他にも何人かの忍がいるんだけど

パラッ

書物を開いた。妙に大きくて薄い書物を

真っ白な頁を指で撫でて持っていた箸を当てた

え、あれ筆なの!?

箸が当たった場所に黒い色がつく

墨は見当たらない。だけど確かに何か書いている

うわ…すごい便利…じゃなくて!上田城の見取り図でも描いてんじゃなかろうな

しゅ、しゅ…

しゅ、しゅ…

半刻、はその場所から動かなかった

あーもうっ何やってんの!
いい加減焦れたのは佐助の方だった

あの筆は気になるわ葛の中は見てみたいわ一体何を描いてるんだ!

足音もなくちゃんの後ろに降り立つ

当然は気づいていない

きっと彼女を始末するのは一瞬だろうなと思う

「ねえ」

「へぁいっ!」

…驚きすぎでしょ。しかも何だへぁいって

目を真ん丸にしたちゃんが振り返り、そしてほぅ、と息を吐いた

「な、んだ猿飛さんでしたか…びっくりしました」

「ん、ごめーんね」

わぁ、心にもない言葉。とちゃんが笑う

自分で怪しいと言ってしまうくらいには疑わしいことを自覚しているんだろう

仮にも城主の客人なのに気にしていないよ、という風にちゃんはふにゃふにゃ笑う

全く気が抜ける笑顔だこと

「もしかして、猿飛さんが見張りさんなんですか?」

「んーどうだろうね」

疑わしい人間に易々と情報を渡したりしない

ちゃんは少しだけ困ったような顔んしてまた笑った

「何か御用ですか?」

「うん。それ見せて貰える?」

「鉛筆?スケッチブック?」

「どっちも」

鉛筆もスケッチブックもよくわからないが多分書物と筆を指す言葉なんだろう

は素直にどちらも差し出した

「墨は要らないんだ?」

「はい。鉛筆は真ん中の黒い芯が墨の代わりです」

「ふぅん、便利だね。こっちも見て良い?」

「どうぞ。そっちはスケッチブックと言いまして…私の落書きですよ」

触り心地は厚めの上質な紙。めくる手が止まった

何の統一性もない絵だった

露が今にも零れ落ちそうな百合の花。風に揺られている稲穂。簪を刺す女の横顔。手を繋ぎ歩く子供。欠けた茶碗を持つ男。傘と雨。夕焼け。井戸と洗濯物。握り飯を作る手

何てことない絵ばかり

些細な一瞬

生憎自分は芸術にも技法にも詳しくない

しかし確かに目を奪われた

「あ、色が付いてるのは絵の具って言って…塗料?私水彩画が好きなんですけど油絵も一通りやりますのででもやっぱりラフ画は良いですよね…あれ、何の話してましたっけ?」

「…これ全部アンタが描いたの?」

「え?あ、はい。あっちゃんは食べるの専門ですから」

廻る風車。日陰に咲く蒲公英。赤子をあやす母親。篝火に集う火虫。そして一番新しい頁にはー…

「…真田の旦那」

「えぇっ猿飛さん分かっちゃうんですか?」

「…分かっちゃうよ」

子供の頭を撫でる腕。黒と白だけの絵。それでも分かった

「お城に来る途中に泣いてる子供がいて幸村さんが泣き止ませたんですよ」

旦那らしいと思う話だ

「素敵なお殿様ですね。幸村さんって」

当然だよ。と言ってやりたかったのに言葉にできなかった。代わりに

「…ねぇ、これ他の絵みたいに色付けしないの?」

「色付け?」

「そう」

ちゃんが考えるそぶりを見せる。あぁ、それすらもどかしい

「淡い感じが似合いそう…水彩か色鉛筆で付けてみましょうか」

楽しそうにちゃんが笑った

「…うん、そうして」

すいさい、いろえんぴつ、どんな技法かわからないけどきっと黒と白よりもっと鮮やかな絵になる

「…ちゃんさ、夕飯食べてくでしょ?」

「え…えぇっ?!そんな厚かましいこと出来ませんよ!ご飯の時間までにはおいとまします。ご心配なく!」

慌てて首も手も横に振る姿に笑ってしまう。こらこら、目回すよ?

「いーよ。どうせ旦那もそのつもりだろうし」

篭手を付けたままの手をちゃんの頭に乗っける。うわ、小さい頭

「さ、猿飛さん?」

「なーにちゃん」

ひくん、ちゃんの肩が揺れた

…ほだされるなんて俺様らしくないんだけど

「佐助」

「…佐助さん?」

「そ。真田の旦那を名前で呼ぶのに部下の俺様が姓って可笑しくない?だから名前で呼んでよ」

俺様はちゃんって呼んでるし。そう言えばちゃんは小さく返事をした

「…はい、佐助さんっ」

見えないけど確かにちゃんは嬉しそうな声だった

「あ、旦那が呼んでる」

「えっ?」

ちゃんには聞こえないらしい

「俺様優秀な忍だからね。ちょっと行ってくるよ。また夕餉の時にね」

頭から手を離しちゃんがようやく顔を上げる

不思議そうに瞬きをして耳を澄ます仕種をしたが彼女の耳にはまだ旦那の声が聞こえないようだ

俺様にはしっかりと聞こえてるんだよ。佐助ぇー!って

諦めたように首を傾げ、しかし何か思い出したようにぱっと笑顔になった

「この絵出来上がったら一番に佐助さんに見せますね!」

「うん。…ありがとう」

ふにゃふにゃと笑うちゃん。

少しだけ警戒心を解いても良いかななんて思う自分がいた

…って俺様何考えてんだよ