多少腕に覚えがあったところであっちゃんに敵うはずない
飛んでくる弓は一陣の風で薙ぎ払い、向けられる刀はことごとく錆びて刃こぼれしていった
あっちゃんは無敵なのだ
『三千世界の主を殺し 鴉と添寝がしてみたい』
「えっと紹介します」
殺されるかもしれない。そんな不吉な考えが頭から離れない
それくらい橙色お兄さんさんの視線は痛かった
「こちらはあっちゃんです。だいぶ食いしん坊ですが人間は食べません!たぶん。」
「たぶん!?」
「時々腹いせに甘噛みしたりちぎったりします」
「それ全然大丈夫じゃないじゃん!化け物!?」
「惜しいっあっちゃんは妖だと思われます!さっきの騒動で伝わったと思いますけどあっちゃんは強いです!でもやられたら3倍返しの感覚なので手を出さなければ大丈夫です!」
ぐっ、と拳をつくって力説するものの確信がある訳じゃない
私が知っていることはほんの少しなのだから
「あっちゃんって・・・」
「妖だからあっちゃんです!本当の名前は知りません!」
「・・・」
「殿!質問がござる!」
「はいっどうぞ幸村さん」
「殿とあっちゃん殿とはどのような関係なので御座ろうか?」
「んー・・・言葉にするのは難しいですねぇ。・・・僕と主・・・違うな・・・私の絵が好きで一緒に居ます。うん、そんな関係です」
明確な関係なんてない
友達と紹介するには曖昧すぎる
「あ、甘味をくれたのはあっちゃんですよ」
「なんと!」
「何?甘味って」
橙色お兄さんの言葉に(あ、その説明があったか)と思い出す
幸村さんに預けていた風呂敷を広げた
食べ切れなかったお菓子を畳の上に散らばる
パッと幸村さんは笑顔になり橙色お兄さんは警戒心を隠さない
あっちゃんはもう飽きてしまったらしく外に行きたそうだ。必死で袖を掴んでおく
「あっちゃんが絵を気に入ってくれれば願いを叶えてくれるんです。今回はお菓子・・・甘味をお願いしました。だいぶ食べちゃったんですけど・・・幸村さん、食べても良いですけど夕餉が入ります?」
風呂敷一杯分残っている。キラキラと手を伸ばしたところで橙色お兄さんに怒られた
「まさか旦那コレ食べたの!?毒味も無しに!?」
誰が毒を入れるというのだ。失敬な!
幸村さんと橙色お兄さんの押し問答をスルーしてあっちゃんはよっ掛かって来て目を閉じてしまった
お腹いっぱいで眠いんですか、あっちゃん
「・・・で?」
「で?」
橙色お兄さんがこっちを向いた
「ちゃん。君は何者なの?妖従えて上田城に何の用?」
ニコリ、笑ってる様で目は全然笑ってない橙色お兄さん。怖っ!
何度も言うがあっちゃんを従えてる訳じゃない
むしろ私があっちゃんに振り回されてるんだ!言わないけど
「私はごくごく普通の人間です。何の用って聞かれると幸村さんに誘われて絵を描きにきました、としか言いようがありません」
「佐助。殿は嘘を言っておらぬ」
静かに、しかしはっきりと幸村さんは言い切った
あぁ、これが上に立つ人の覇気というものか
暫く橙色お兄さんは動かなかった。頷くことも首を横に振ることもなかった
とっても幸村さんが大事なんだなぁ。それでいて信頼もしてるんだ
「・・・判ったよ」
言葉は器用にも溜息と一緒に零れた
「判ってくれたか!」
「確かにちゃんは忍びの身体はしていない。・・・だから信じる」
「あ、ありがとうございます」
忍びの身体?あ、忍者か。ということはくのいち?おぉ、カッコイイ!お銀!
どこもかしこもプニプニしてる私の身体とは無縁だけどな!万年文化部だよえっへん
「では早速殿の部屋を手配致そう!」
「あ、それなら俺様がやっとくから。旦那は部屋に戻って。小助が大将からの伝言預かってるって」
「真か!では先に失礼致す。後は佐助に任せた故」
「はいはい、任されましたよー」
「殿、では後ほど!」
「はい」
障子が閉まった音が厭に耳に残る・・・部屋に沈黙が落ちてるからだ
「・・・ちゃん」
「はい」
「上田の客人として迎える。ただし少しでも疑わしい動きをしたら殺す。アンタもそっちの妖も」
「・・・了解です」
私を殺すのは3秒もかからないと思うけどあっちゃんは無理だよ!きっと返り討ちされちゃうよ!言えないけど!
「私怪しいですもんねぇ」
「自覚あるんだね」
ありますとも。
あっちゃんを起こそうとすると手が空振った
・・・あれ
見るとあっちゃんが消えていた。ホントにフリーダムだな!
「・・・何、今の」
「あっちゃんは神出鬼没なんです。お気になさらず」
「一応言っておくけどアンタには見張りつけるから。悪く思わないでね」
「あ、じゃあ迷子になったら助けて貰えますね!良かったー」
「・・・馬鹿じゃないの」
わぁい。聞こえたよ橙色お兄さん。そういえばお菓子広げたままだったなぁ
「あの橙色お兄さん」
「・・・何その呼び名。俺様は猿飛佐助」
「猿飛さん、この甘味食べてみます?」
今度こそ橙色お兄さん、改め猿飛さんは呆れ顔をした。ちょっと寂しいです まる