目を覚まして最初に思ったのはどうしてベッドで寝てないのかという事
でもすぐに思い出した
「・・・おはよう」
「・・・」
無視された
挨拶も出来ないなんて録な大人になれないぞ、と思う
少年から視線を外しその後ろのベッドに目を向ける。小さな膨らみがひとつ。
「べんまるさまは?」
「・・・熱が下がって今は落ち着いてる」
「そっか」
結局昨日はベッドを小さな子供に譲ったんでした
少年は頑なに子供の傍を離れなくて・・・あぁ、ようやく頭が回ってきた
困ってる人達を泊めてあげた。うん、嘘は言ってない。
携帯死んでないかな・・・昨日充電してないんだよね。シャツはアイロンかけてた。お弁当・・・は、お握りとサラダはコンビニで買おう
やることをつらつら考え少年に向き直る
「台所の使い方教えるからべんまるさまの看病してあげてね」
「は?」
「や、だから君達のご飯は準備していくからべんまるさまにも食べさせてあげてよ」
気持ちよく寝てるのを起こすつもりはない。お粥とお握りと・・・一応菓子パンも置いておこう。お茶も要るよね。
あとは・・・
「・・・ね、ねぇ」
「うん?」
気がつくと少年は未だかつてない困惑した顔をしていた。
「・・・何処か行くの?」
「仕事」
。しがないOLである
「熱も下がったなら私までつきっきりな必要ないよね?定時で上がれるようにはするから」
「・・・」
昨日の今日で休暇届けなんて出してない。
でも昨日あれだけ残業したんだから今日は定時で上がれるはずだ。というか上がる。上がってみせる。
「あとは・・・」
結局名前を聞いてないから少年のままだ
・・・あぁ、そういえば一回だけべんまるさまが呼んでたな。何だったっけ・・・
「アンタは・・・」
「え?」
驚くほど少年の瞳が揺れていた
「・・・けいさつに俺達を連れて行くの?」
「行かないよ」
テーブルにお握りを置く。あと熱々のお茶も
「まぁ流石に部屋中荒らされて破壊活動とかしたら怒るけど」
「・・・おまわりさん呼ばない?」
「呼ばないよ」
時計を見ればそろそろやばい。それなのに少年は「何考えてるの」だとか「俺達のことどうするつもり」だとかごちゃごちゃ言ってる
どうもこうも私の頭は朝のミーティングでいっぱいですよ!
結局、事務的に説明だけしてさっさと身支度を済まし出た
化粧が疎かなのはしょうがないよ、うん
・・・警察ねぇ
ヒールがかつかつと小気味よい音を立てている
相変わらず秋口の割に寒い。マフラーは・・・昨日少年に貸して返して貰ってない
今朝も巻いたままだったからもしかして寒かったのかも
・・・実はちょっと、ちょっとだけ、彼らは狐が化けてるんじゃないかとか思ってました
着てるのは着物だしカタカナ言葉が全く駄目で現代機器にも馴染みがない
居た場所も場所だし(お狐様を奉っている社)まぁちょっと怖くて不思議な体験をしたなぁ、で済ませられると思うんだ
だからもし、帰って誰も居なくなってたらそれはそれと割り切れる・・・少しだけ寂しいけど
***
「お、お帰りなさいませ!!」
・・・と、思ってたんですが
帰ってもまだ居た
ドアを開けると子供が土下座してて本気でびびった
「・・・お帰りなさい」
更にその後ろからもう一人出てきてようやく、状況を理解する
どうやらべんまるさまはベッドから出られるくらい元気になったらしい
「・・・ただいま」
ともあれ油断は大敵だ
玄関にいつまでも居て振り返したら洒落にならない
急いでドアを閉め子供に部屋へ戻るよう促す
「お荷物持ちまする!」
「は?え、いやいや。大丈夫。大丈夫だから君は・・・待っててあったかい飲み物でも入れるよ」
「しかし・・・っ」
「ほら、べんまるさま。この人もそう言ってくれてるんだし」
そうそう。頼んだよ少年。目が合うと相変わらず警戒心が滲んだ視線を感じた
ガサリ、と手に持ってた袋が音を立てる
・・・とりあえず着替えてこよう
***
自分の家なのに着替えを持ってバスルームに行く。なんか変な感じ
しかし小さいとはいえ男の前で堂々と着替えられる程素敵な身体じゃないのだ
・・・自分で言っててむなしい
部屋着に着替えて戻ると4つの目玉・・・子供と少年が並んで座っていた
テーブルの上は朝置いてたはずのご飯がすっかり消えていた
食器も無い
思わず台所を見ると・・・乾燥機に全部収納されてる
「片付けしてくれたの?」
答えたのは子供の方だった。キラキラした瞳で嬉しそうに頷いた
「はい!佐助が致しました!」
あ、そうだ少年の方は佐助って呼ばれてた
私がしてたのを見て覚えたのかな。
「ありがとうね」
見れば私が朝付け置いてた食器まで片付けてある。家庭的な男の子なんてきっとモテるに違いない
子供の嬉しそうな顔に私まで釣られて微笑んだ
「柚子茶で良いかな?」
コトンとケトルを準備しながら聞くと「柚子茶?」と疑問符が返ってきた
あれ、飲んだこと無いのかな。あえてココアやホットチョコレートを避けたのは一応風邪っぴきを考慮したからだ
喉には良いと思う
マグカップにお湯と柚子ジャムを入れてスプーンで掻き混ぜる。フワリと香る柑橘系と湯気。引き出物に貰ったグラスセットを活用してプラス2人分。
「はい、どーぞ」
毒味を兼ねて先に口づける。少年は作る過程を見ていたがまぁ念のためだ
順番が決まってるらしい
私が飲むのを見て少年が少しだけ口に含む。そうして子供に飲んでも良い。だけど念のために全部は飲み干さないで。と少年の指示の元子供が口を付けた
「・・・!美味でございまする!」
「気にいって貰えて良かった」
ほのぼのとしたティータイム
まぁ少年はまだピリピリしているみたいだけど
私はそこまで気を張り詰めるつもりは無い
「今日は鍋をするつもりなんだけど食べられる?それともお粥が良い?」
「は?」
怪訝な声を出したのは少年の方だ。
からっぽのマグカップを持って先に立ち上がりながら尋ねる
「お腹空いてないの?」
「某は空いてまする!」
「ちょっべんまるさまっ」
元気なお子ちゃまだ。でも素直な事は良いことだと思う
「お粥じゃなくても大丈夫?」
「はいっ!」
少しずつ寒くなってる。こういう日は鍋が美味しい。
男の子ってどれくらい食べるんだろ・・・適当に野菜をザクザク切って買ってきたお肉を放り込んでご飯も仕掛ける
ちなみに私が好きなのは豆腐だ。なので豆腐も大量投入する。我ながら安上がり・・・
本当はキムチ鍋が好きだけどあまり子供受けしなさそうなので断念
(さて、と・・・)
包丁を置いて振り返った
「そんなに見てて面白いかな」
「・・・別に」
少年は昨日と同じようにやっぱり見張っていた
仕事、という言葉が浮かぶ。少年は、子供を守っているんじゃないかと
「はい。あく抜きお願い」
「え」
はい、とお玉を渡してみる
「り、料理とかしたこと無いんだけど・・・」
「そうなの?でも覚えてて損はないよ」
「・・・」
「こうやって白っぽいのが浮き上がってきたら掬って。こっちに移してね」
任せてお風呂を洗いに向かう
昨晩頑なに子供の傍を離れなかった少年は当然の如くお風呂に入っていない
病み上がりの子供はともかく少年は今宵こそ絶対に洗う。うちにいる限りそれは決定事項だ
とそこまで考えてふと止まった
・・・彼等は今日も泊まるんだろうか
そもそも彼等を家に招いたのは風邪をひいた子がいたからで、子供は一応元気になって・・・
「・・・無駄になっちゃうかも」
ぽつり、バスルームに響いた