サイキックガァル-世界再生の日に会いましょう-

甘美な宇宙をどうぞ召し上がれ
「こんばんは」

「・・・こんばんは?」

挨拶を返した瞬間、何かが飛んできて頬を掠めた

熱い。そう思った

「君は誰だい?」

君、というのは私を指しているんだろうか

瞬きをすると影がぐっと近づいてきた

「どうやってここに入ったんだい?」

「・・・入った?」

「聞いてるのはボクだよ」

入った、というからにはここは建物の中ということになる

・・・まさか

「っお邪魔しました!」

「逃がすと思うかい?」

「ぎゃっ」

びたん!とコントのように転んだ

・・・ただでさえ高くない鼻ぶつけた!

「子供だからって容赦しないよ。念能力者なんだろ?」

真上から声がする。というか首筋に息がかかってゾワゾワする

「・・・あ、あの不可抗力というか、そのわざとじゃないんです。緊急事態・・・あ、間違った?とにかくごめんなさいっ!!」

バタバタ手足を動かすと服がヒラヒラと揺れるだけだった

「謝っても逃がすつもりはないよ」

「・・・!お、お金はあんまりないです・・・!」

お財布にいくらいれてたかな、なんて必死に考えていると息が止まるような、これは敵意

一瞬にして頭は真っ白になった

怖い、怖い、怖い!!

「そんなに喋りたくないなら喋りたくしてあげるよ」

ヒュッと風を切る音とパチンとシャボン玉が割れる感覚。早かったのはどっちだろう

まず床が無くなった

「っ」

「ひゎっ!!」

何ともマヌケな声を上げてしまったのが私だ

着地に失敗した

しかも逃げるつもりだったのに一人じゃない

・・・つまり

「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」

「今のは君の能力かい?」

どろりと空気が濃くなった。敵意。

手足の温度がじりじり上がって来るのを無理矢理抑え込んだ。気持ち悪いことこの上ない

「は、えっと・・・そ、そうです。私だけ出ようとして・・・巻き込みゅ」

暗転





***



最初は家だった

『あらいつ帰ってきたの?』

お母さんの驚いた声。

『やだアンタ靴履いたままじゃない。それにただいまも言わないで!』

そう言われて自分が靴を履いたまま畳の上に立っていることに気付いた

「・・・犬が」

『犬?なぁに野良犬にでも追いかけられたの?』

「うん・・・」

頷きながら頭の中にはクエスチョンマークが浮かんでいた

だって私は公園で野良犬に追いかけられていたのだから

・・・

「う、ん・・・」

もぞり、と手を動かす

柔らかなシーツを泳ぐように時計を探した

・・・?

いつも枕元にある目覚まし時計がない

あれ、台所に置いたままだったっけ

じゃあ携帯・・・あれ、携帯も無い

可笑しいな携帯はいつも枕の下に・・・

あ、れ。あったかい・・・て

・・・手

「手ぇっ!?」

「やぁ目が覚めたみたいだね」

「だっ、きっ!むぅ!?」

「人の顔を見て悲鳴を上げるなんてしつけがなって無いね」

・・・人の家に勝手に上がり込んだ揚句馬乗りで口塞いでくるピエロの格好した生き物にしつけ云々言われる筋合い無い!!

と言ってやりたいものの大きな手が邪魔をする

「運んであげたんだから感謝して欲しいなぁ」

・・・運んだ?

よく意味がわからない

・・・

・・・

数秒で血の気が引いた

「ん?何か思い出してくれたかな」

「んーんっ!」

お、思い出しましたとも!

私、あなたから逃げるために力を使いました!

なのに跳ぶ瞬間腕を引っ張られて・・・!

「叫ばないって約束出来るかい?」

ぞわぞわ背中から何か這い上がってくる

約束するから・・・!その、妙な圧力止めて下さい・・・!

必死に頷いて見せた

「おはよう」

「・・・おはようございます」

泣きそうになりながら朝の挨拶をする。生まれて初めての体験だった

「説明して欲しいな」

語尾にハートマークでも付けてそうだ。何を、なんて言わなくても分かりきっている。いきなり核心をつく質問に胃が痛い。

ぶっちゃけ胃以外もあちこち痛い。ぶつけたところとか。

そんな事を考えている間も視線は外れ無い。つまり、ごまかせる気がしない

笑顔なのに消えない圧力。

知りたいというのは、きっと、この事だろう

「ち、超能力とか信じる人ですか?」

声が裏返った。

笑われるか馬鹿にするなって怒られるかどちらかだろう、と思った

しかし、ピエロさんは首を傾げた

「それは君の念能力のことかい?」

「・・・念?」

・・・念力、の念だろうか?

呼び名なんてどうでも良い。とにかくこの人は否定しなかった

「・・・テレポーションってご存知ですか?」

ピエロさんは猫のように目を細めた

何て言うか怖い。ものすごく。

競り上がってくる体温に負けそうになったくらい。

しかし負けてはいけない

この体温に身を任せて良い時と悪い時があるのだから

「た、体質?って言うんですかね。思ったら違う所に行っちゃうんですよね、私。

 滅多に無いんですけど。普通は思った所にしか行かないんですよ。だけどほんと、ほんとに時々思ってもなかった場所に、ですね」

思ってもない・・・って、いうか

「・・・あの」

「何だい?」

「此処、どこですか?」

「ボクの家」

「・・・お邪魔してます」

かなり場違いな言葉だがヒトサマの家に上がりこむ時のマナーだとは思っている

ピエロさんは何故か笑い出したが。

ひとしきり笑った後また目が合う。・・・突然笑われたら誰だって気分を害すると思います。

「それから君、縮んでない?」

「は?」

ぬっと差し出された鏡を覗き込んで絶句

「ね」

幼女という言葉がピッタリな目を丸く間抜けな顔をした子供がそこにいた

「何で・・・」

ふるり、と瞼が震える。すると鏡の中の子供も顔を歪める

「泣きそうな顔もイイね」

「・・・」

空気を読まない明るい声に涙が引っ込んだ

何が良いんですか?と聞かないのは賢明な判断だ

「朝食でもどうだい?」

不意に身体が軽くなる

ピエロさんが馬乗りを止めてくれたからだ

代わりに手を引かれる

「え、あ。あの」

起きて分かったのは自分はベッドで寝ていたということ

見るからに子供用の洋服を着ているということ

「どうぞ召し上がれ」

パンと牛乳がテーブルに乗っている

食べないという選択肢はないらしい

もぞもぞは手を合わせた

「・・・いただきます」

「♪」

人に見られながら食事するのはどうも落ち着かない。・・・しかも、申し訳ないけど美味しくない。

(せめて焼いてくれれば・・・カチカチだし。ミルクは中途半端に温い・・・)

この人は食に興味がないのかもしれない。栄養分を摂取すれば構わない。もしくは三大欲求、食欲に勝るものがあるのか

もちろん私は食べることは人生の楽しみ。名言だと思ってます。

「君名前は?」

パンを食べる『あ』の口のまま固まった。

「・・・です。あ、あの」

そこでまた固まった

ピエロさんの声は多分男の人。まさかかなりハスキーな女の人・・・じゃないよ、ね?ていうかそのメイクはお仕事ですか!?オシャレですか!?

頭の中に浮かぶもののとても聞けなかった

「・・・お名前聞いても良いですか?」

チキンハートめ・・・!

「ボクはヒソカだよ」

ボク!男の人だ!

「ヒソカさん。わざわざお食事まで準備していただいてすみませんでした。何か御礼をしたいんですけど生憎持ち合わせが・・・」

そもそもバイトの途中だったのだ

荷物は制服と・・・オーダー表。持ち合わせもへったくれもない。まぁ制服はマニアックな人には価値があるかもだけど

あれ、そういえば私の制服何処いった?

この服も全然着替えた覚え無いし・・・

ぽんと浮かんだ疑問を口にしてみた

「ヒソカさんはどうして私が縮んだって分かったんですか?」

「あんなにサイズの合ってない服を着てたらね」

そっか・・・

「それに」

「?」

「Cの65。今の君には必要無いだろ?」

理解するのに数秒要した

お、女の子のトップシークレットを今・・・サラッと口にしませんでした?

「・・・この洋服は」

「ボクが着替えさせた★」

ありがた迷惑という言葉をご存じだろうか。もし、もしこのヒソカさんが本当に善意で気を遣って着替えさせてくれたのだとしてもよけいなお世話だった。

っていうか何処だ、制服とブラ

脱がされたときに悪戯とかされて無いと信じたい。

は何処から来たんだい?」

至極真っ当な質問に、重たい首を傾げる。

さっきまで私はバイト先にいた。だからバイト先から最寄り駅を言う。

そういえばヒソカさんの家はどの辺りなんだろう?

歩いて帰られる場所なら良いんだけど・・・だってお金一円も無いからね!

「・・・ヒソカさん?」

いつまでも返事が返ってこないのでつい、不安げな声が出てしまう

「あ、あのもしかして遠いんですか?東京じゃないとか?まさか本州から出てるとか?」

。ちょっと落ち着いてごらん」

じわじわ嫌な予感がする

「君が住んでいる国は?」

「・・・日本です」

「聞いたことがないね」

「・・・」

ほんの少しも考えなかった。

だって言葉が通じるんだもん

私は日本語しか喋ってないしヒソカさんの言葉も日本語にしか聞こえない

だからここは日本なんだ、って信じこんでいた

ヒソカさんはそれ以上何も言わなかった

だけど気付いてしまった

ここはきっと・・・私の知ってる世界じゃない

「それじゃあボクは出かけるから良い子で留守番してるんだよ」

「は?」

きっとそのうち進展する、と思う