サッカーを好きになって良かった
心から、そう思うよ
本日ハ晴天ナリ
「・・・ん」
カーテンの隙間から漏れる太陽の光で目が覚める
もぞ、もぞ、と二度ほど寝返りをして悪あがき
だけど一度目が覚めてしまえばなかなか寝付けないのが私の短所で長所
結局ベッドから身を起こした
カーテンをレールの上で滑らせれば柔らかく光がベッドいっぱいに降ってくる
「良い天気」
何だか無償に嬉しかった
合宿が終わって一日目の朝、思ったよりもずっと気持ちは軽くなっていた
愛用のエプロンを身に付け朝ごはんと並行してお弁当を作る
「おはようちゃん。」
「おはよう」
台所から挨拶を返すとお母さんはススス、と顔を覗きこんできた
フライパン持ってるから危ないよお母さん!
「な、なに?」
「元気そうね。」
あ、
一応泣きやんで帰ってきたものの明らかに目は赤くなってた。そんな私に蒸しタオルを準備してくれたのはお母さんだった
おかげさまで今日は人並みに見れる顔になっております
お母さんは最初根ほり葉ほりと泣いた理由を聞き出そうとしてきたけど頑なに黙りこんでたらやがて何も聞かなくなりただ蒸しタオルを渡してくれた
(もしかして・・・亮から何か聞いてるのかもしれない)
心配したお母さんが亮と連絡をとってたとしても不思議じゃない(実際は亮がお母さんに電話してきたらしい、と知ったのは後々のことである)
「・・・心配かけてごめん」
「やーねぇ。ちゃん
『お母さん』なんだから心配させてちょーだい?」
「・・・ありがとう」
人は、独りじゃない
誰かの優しさに支えられてる
だから、私は思うんだ
いつも誰かに優しさを貰う私だから、私も誰かに優しさをあげたい
お母さんの笑顔はとても綺麗だったから
右手に青い包みを持ってチャイムを鳴らす
聞きなれた声と共に住人が顔を覗かせた
「ちゃん!」
「おはよう将君。朝からごめんね?」
「ううん、どうしましたの?」
昨日まで合宿に行っていたのに今日の将君はジャージを着てすっかりサッカーをする気満々である
どうやら予想は当たったようだ
朝早くから隣に突撃したのは気まぐれやお掃除をしにきたわけでもない
「将君今日部活?」
「うん、これからなんだ」
ナイスタイミング
「じゃあよかったら」
青いギンガムチェックの包みを差し出す
ちなみにこのハンカチとお弁当箱は我が家では『将君用』として認定されつつある
パアッと将君の顔が明るくなった
「いつもありがとう!」
いつ見ても私を笑顔にしてくれる笑顔
「こちらこそ。将君いつも喜んでくれるから私も作るの楽しいの」
「だって本当に美味しいんから!この間も友達から羨ましがられてね・・・」
嬉々として語ってくれる将君
友達と私の作ったお弁当を巡ってひと騒動あったらしい。恐れ多いな!
実際自分用よりも気合いを入れて作ってるのは内緒である
「あっ、ヤバい遅刻だっ!」
引っ掛かり突っ掛かり玄関からまろび出てくる将君
道を譲りながらお馴染みの言葉を口にする
「行ってらっしゃい。練習頑張ってね!」
「うん、行ってきます!」
ひだまりのような笑顔
柔らかく私に降り注ぐあたたかな笑顔
将君の後ろ姿を見送って私も突っかけ姿じゃいられない
のほほんお弁当トークに勤しんでる場合じゃなかったのはお互い様
「私もそろそろ行かなくっちゃ」
いざ、部活動へ
「!」
「おはようナオキ。珍しいね、一番乗りなんて」
てっきり、私が一番だと思ったのに
「に会いたくて早きたんや!」
「私?」
「シゲがサッカー続けるて約束したんや!!」
「えっ!?」
本当に?と言う言葉は必要なかった
だってナオキは満悦の笑みだったから
「のおかげや!ホンマおおきにな!!」
「私は何もしてないよ。ナオキが頑張ったからだよ」
「なら俺が頑張れたのはのおかげや!」
本当に嬉しそうにナオキは語る
おかげ、って言うならそれこそこっちのセリフだ
ナオキのその真っすぐさが、私に前を見据える力をくれた
一番じゃなくても頑張れる、って
世界の見方が変わったんだよ?
ありがとう。
「佐藤さんががんばるならナオキも負けてられないね」
「せや!俺も頑張るで!」
「うん!」
ファイトーオー!と二人で振りを付ける
「・・・何やってんだお前ら」
「おーっす。」
「あ。おはよ」
怪訝な顔をしたマサキがやってきた
傍から見たらちょっと不思議な光景だったかもしれない
でも言葉にするのって大事だって、改めて思ったから
えへへ、と照れ笑いをしているとマサキに ぽん、と頭を撫でられた
「な、なに?」
マサキは何も言わない。ただ頭に乗せられた手は優しい
・・・そうか、マサキも昨日のあの私の粗相を見た一人なんだ・・・
今思い出しても顔が赤くなるよ・・・コートのど真ん中で泣きじゃくった、って
「・・・ご心配おかけしました」
むしろ、お見苦しいものを・・・という方があってるかもしれない
「確かに見ごたえはあったな」
笑いを含んだ声でそう言われてしまえばもう何も言えない
マサキは口数が多い方じゃない。
何て言うか優しさが大人。それを本人は面倒くさいだけなんて言うけど私はそんなマサキの優しさに随分と救われた
言葉だけじゃない優しさをマサキは持ってるから
たくさんのありがとうを言いたい
あっという間にみんながやって来て部活が始まった
・・・妙な視線を感じる
・・・ひしひしと感じる
恐る恐ると視線を追いかけると綺麗なアーモンド形の瞳と合う
しかしすぐに逸らされる
・・・何なんだ一体
一度や二度なら気のせいかしら、で済むけど8回目ともなると無視できない
言いたいことがあるなら言ってよ翼
怒ってるなら睨まれた方がまだましだ、と心の中で溜息
そう、睨まれてる訳じゃない・・・と思う
ただ目が合ったらすぐに逸らされて何とは無しに会話のタイミングを逃してるだけで
(・・・そう言えば翼とは昨日すごく微妙な別れ方したよね)
この状態が続くのもとっても微妙だ
よし、とは自分のバックを取りに部室に戻った
「翼」
「何」
・・・今度は目を合わせてもくれない
また溜息を吐きたくなったけどグッと堪えた
「これ、ありがとうね」
取りだしたのは昨日翼に借りたタオル もちろん洗濯済み
「改めて、合格おめでとう」
これも今日絶対言おうと思ってたこと
よく分からなかったけどとにかく翼は私があのぐちゃぐちゃの顔でおめでとうと言ったのが気に入らなかったみたいだから
まぁ・・・確かに我ながら酷い顔だったと思うけど
「・・・僕の実力なら当然の結果だろ」
可愛くない返事。だけどそれが一層翼らしい
昨日、帰る時に言われた言葉を思い出す
『きっと翼ちゃんは拗ねちゃったんだよ。あと泣き顔みちゃって恥ずかしかったんじゃないかな』
『泣き顔見られたのは私の方だけど・・・』
『うん。だけど見たほうもどうして良いかわかんなくてぐるぐるしない?』
『(ぐるぐる?)・・・拗ねたっていうのは?』
『自分には話せないことを誰か違う人には話せるんだ、て思ったらちょっと寂しいでしょ?』
『そう?』
『うん、寂しいの』
帰る前にハグをしてくれた
もきっと心配してくれたんだ
の言葉は人間関係について経験の少ない私にはとても貴重なものだった
理屈じゃなくて感情を言葉にしてくれる。教えてくれる
ハグをしてくれたの等身大の優しさが嬉しかった
「昨日は、ごめん。色々迷惑かけて」
「言葉が違うだろ」
そっぽを向いた状態で、そんなことを言う
思わず笑顔になる
「ありがとう」
翼の不器用な優しさが好きだよ
優しさの種がいつか花を咲かせる
それってすごく素敵なことじゃない?
涙は恵みの雨だから必要なのよ。
いつか両手に抱えくれないくらい大きな花束になるわ
小さい頃、お母さんが言った言葉
「お・・・ぞ」
ねぇ、ちゃん楽しみね。
優しい手が頭を撫でる。
「・・・い」
お母さんの言葉も・・・優しさの種だったと思うよ・・・
「起きろ、」
ゴン、と鈍い痛みが頭を襲った
「いっ・・・!」
思わず叫びそうになったが目を開いた瞬間、映ったものは自分の部屋じゃなかった
さっきまで夢に登場していたお母さんもいない
「・・・亮」
あ、あれ?何でいるの?
茫然と亮を見つめてると鼻で笑われた。「間抜け顔」う、うるさいな!
「乗り過ごすぞ」
ぐいっと手首を掴まれたかと思うとそのまま無理やり立たされた
そうしてようやく自分が帰りのバスに乗っていて、しかもうたた寝していたんだと気づく
引きずられるようにバスから降ろされる
(そうだ、部活終わって帰ろうと思ってバスに乗って・・・)
そう、そしたら何故か亮がいたんだ
バス停でごく普通に立ってて吃驚したんだから
「何呆けてるだよ。馬鹿に見えるぞ」
「相変わらず酷い言い草だよね」
確かに亮と私はあんまり顔似てないって言われるけど仮にも実の妹だぞ。馬鹿顔で悪かったな
何しに来たの?と聞いてもものんびりとはぐらかされて
手は相変わらず繋がれたまま。・・・繋いでるっていうより掴まれてるって感じだ。手首だし
「お前通学だけで疲れねぇ?」
「え?」
「家からバス乗って30分は掛かるよな。よく通えるよ」
まるで自分が経験したかのような言い草にピンときた
「もしかして一度家に寄った?」
「おう」
「それで私の所にバスに乗って来たの?」
「お袋が送ってくれるって言ったけどな」
わざわざ車出してもらう必要はねえだろ。と空を見ながら亮が答える
つられて私も空を見上げる
やっぱり良い天気で真っ青な空に白の雲がよく映えている
太陽も元気に輝いて何だか嘲笑ってるみたいだった
「何か急ぎの用だった?」
普段滅多に家に帰ってこない亮が私を追いかけて学校まで来るなんてそうない。むしろ初めて
しかも昨日まで会ってたんだし
雰囲気的に昨日の粗相を怒りに来たようでもなかった(今更怒られたってしょうがないんだけど。今更人の記憶は消せないでしょう)
不意に繋がれてた体温が離れる
同時に何故だか足も止まってしまった
亮が振り返って私と向き合うその動きをただぼんやりと見つめる
真正面から向かい合う
ただそれだけなのにどうしてこんなにも・・・
お互い黙って立っていた
亮は私を観察しているみたいに頭のてっぺんから足先までじっと見つめる
私はそんな亮の仕草をぼんやりと見てる
それくらいそうしていたんだろうか、周りの声は聞こえない
夏を象徴する蝉の声だけがどこか遠くから聞こえていた
やがてゆっくりと亮が口を開いた
「もう大丈夫だな」
どうしてみんな私に優しさの種をくれるんだろう
亮のその一言の重みがずしん、と胸に落ちてきた
きっと今下を向いたら涙が零れる
そう思うくらい響く言葉だった
「うん・・・」
心配をかけたんだ
昨日あれだけ泣いて、黙って泣かせてくれて
今日は空の青さを見ることが出来るくらい心が穏やかになれた
人の優しさにも気づけるくらい世界が変わった
だから、もう大丈夫
深呼吸をしようと同時に瞳を伏せるとやっぱり泣きそうになる
だけど、大丈夫
「ありがとう亮」
「おう」
頭に手が伸びてきて慣れた手つきで撫でられる
気づいてないだけだった
小さなころは男の子になりたいって思ったり男の子をうらやましがったりするばかりだったけど
私は私だから
代わりなんていないから
「お前の戯言叶えてやるよ」
弾けるように思い出すのは昨日のあの泣きじゃくりながら言った一言
『サッカー選手になってみせろ』
駄々っ子の子供のように口にした
噛みつくようなセリフだったと思う
「ただし」
にやり、と亮が笑う
「言ったからにはお前もちゃんと見届けろよ」
世界に色を零すように
亮の言葉が私の世界の色になる
サッカーを辞めるなと、言ってくれているんだ
「・・・当然」
私は本当に子供だと思うよ
他人のせいにしたり、逆ギレしたり
だけど
サッカーを好きになったことこんなにも良かったって思ってる
優しさの花束が出来たら、私はその花束を亮にあげたい
誰に聞かれても今の私はこう答えられるだろう
「サッカーは好きですか?」
大好きです!