行き場のない思いはどうすれば良いでしょう?




本日モ晴天ナリ -silent night.- 




明日

明日お兄ちゃんは家を出る

そして武蔵森に行く

「あっくん忘れ物ない?」

「たぶん無い」

隣の部屋でお母さんと一緒に荷物を詰め込んでる

私はその会話をボンヤリと聞きながら一人コーヒーを啜ってる


距離の取り方が分からなくなった


「あっくんが居なくなったら寂しくなるわねー

 ねぇちゃん?」

「え?」

いきなり話を振られて困った

ここは同意するべきなんだろうか

そんな考えがぐるぐる回っていると思いっきりお兄ちゃんと目が合ってしまった

一気に私の思考は真っ白になる

「えっと・・・私、もう寝るね。おやすみなさい」

さっきの質問には答えないでそそくさと自分の部屋に移動する


ごめんねお母さん

私は自分で自分のことが分からなくなってしまった


今までどうやって歩いてたの?


「・・・駄目だぁ」

部屋に戻って寝るって言っちゃったけど実際はまだ全然眠くない

だけど一応建前上電気は消してる

毛布を頭からすっぽり被ってベットの上に転がってる

だけどやっぱり眠くない

武蔵森に行って、って言ったのは自分

だけど

(・・・丁度こんな感じ)

真っ暗な部屋

手を伸ばしてみるけど距離感が全然掴めない

そうこんな感じ


距離の取り方が分からない


、まだ起きてるか?」

唐突に世界がひっくり返る

ぐるり、

夜が戻ってくる

それは突然すぎて寝たふりも出来なかった

「入るぞ」

返事はしなかった

だけど不自然に布団が動く音までしちゃったからお兄ちゃんも私が起きてるって気付いただろう

「・・・

気を遣ってかお兄ちゃんは電気は付けなかった

真っ暗な部屋のまま

本当は窓から月が見えるはずなのに雲がかかってるのか月明かりもない


距離感が掴めない部屋のまま


部屋に入って来たっきりお兄ちゃんは動く様子が無い

立ったままなのは悪い気がしたから私は毛布を被ったままのそりと起きあがる

そのままちょっとだけ左側寄りに座り込む。でもやっぱり私は黙ったまま

お兄ちゃんは右側寄りに座り込んだ

「そのー・・・何だ

 お前やっぱ怒ってるのか?俺が武蔵森に行くこと」

言葉を選ぶ様にゆっくりと話すお兄ちゃん

それは頭にずっしり沈み込んでくるような言葉達

「明日行くけど俺、に無視されたまま行きたくねーし・・・」

皮膚から体に浸透してくる声

とても優しい声

「・・・ごめんなさい」

毛布に顔を埋めたままそれだけ言った

「いや別に謝って欲しいわけじゃなくてさ

 ・・・ていうかちゃんと顔見て話してーんだけど」

そういえば今日はまともにお兄ちゃんの顔を見てない

さっき目が合ったのが初めてだったかもしれない

相変わらず毛布は被ったままのろのろとお兄ちゃんの方に向き直る

闇に目が慣れてきたらしくボンヤリとだけどお兄ちゃんの顔が見える

袖が触れ合うくらいの近い距離

手を伸ばせば届く距離


目が合った


途端に、世界がぐるりと変わる

今まで張りつめてたものがパチンと弾けるような

足元がグラリと崩れるような


ぽたっ

「、ふっ・・・ぅ」

涙が溢れてきた

明日からはこの距離にお兄ちゃんがいないだ、という実感が突然雨のように私に降り注いできた

「え、あ??何泣いてんだよ!?」

真っ暗な部屋だからお兄ちゃんは私が泣き出したって事にすぐ気付かなかったらしい

嗚咽で気付かれてしまった

そして暗闇の中、ぎこちなく腕が伸びてきた

ぽすん、と音と共にお兄ちゃんに傾く

そのまま、ぽんぽんとあやす様に頭を撫でられた

「ごめんな?言い方ちょっときつかったか?」

「、ちがっ・・・違うのっ」

変なところに癖が出て言葉が上手く続かない

だけど本当に違うの

「ちゃっ・・・ちゃんと分かってっ、るの」

武蔵野に行くことがお兄ちゃんにとって一番良いことだって

「それにっちゃんと、おっ、もってる・・・」

本当に思ってるの

サッカー頑張って欲しいって思ってるの

今までいっぱい頑張ってきたお兄ちゃんを知ってるから

だから武蔵森に行って、って言ったの


「だ、けどっ・・・」


なのにね

今までずっと一緒だったの

お兄ちゃんはいつだって傍に居てくれたの


一人にしないで


矛盾だらけの自分

そんな自分が怖くて

どうしていいか分からなくなった

「、ぅっ」

お兄ちゃんはずっと頭を撫でていてくれた


ねぇ、距離の取り方を教えて

傍にあったのがなくなっても歩けるように

心配を掛けないで済む様に


「・・・馬鹿だなぁ」

ようやく嗚咽が止まってきた頃、お兄ちゃんはぽつりとそう言った

「心配しなくても俺はずーっとの兄ちゃんだって」

優しく髪を撫でる手

「辛いときは電話でもすれば良いし休みには出来るだけ帰ってくるから」

温かい手

「距離をとる必要はねーよ」

まだ一人で歩ける程強くない

だけど引っ張って、なんてもう言えない

でもね

手を握って

一緒に歩いてくれますか?


「明日、行くな」

「・・・うん」

相変わらず毛布の中で相変わらずお兄ちゃんの腕の中で

だけど

しっかりと頷けた



お兄ちゃんは約束してくれる

だったら

大丈夫


大人になれるほど強くないけど

ゆっくりかもしれないけど

ちゃんと歩いていくから


約束するよ


---------------------後書き--------------------------------------------------------

「本日モ晴天ナリ」にしてはめずらしくしっとりしたお話
やっぱりちゃんはお兄ちゃんと離れるのが寂しいっていう事ですね。
だって設定ではちゃんまだ10歳なんだからなぁ。
いくら強がってもやっぱり・・・ねぇ?(聞くな

                             5月5日 砂来陸