品数が増える食卓に我ながら現金だなぁと思う

「もうすぐギブス取れるんだってね」

「・・・、怒らないから言ってみろ。ペンギンか?それともシャチか?」

「院長先生から聞きました」

「チッ・・・」

怒らないっていうその声音が既に地獄の使者みたいだった。良かったね。ペンギン&シャチ

食後にちょっと奮発して買ったハーブティーを淹れた。ローは匂いの強い飲み物はあまり好まない。「まぁ飲めないことはない」と微妙な台詞と共に今日は珍しく付き合ってくれている

ソファに並んでのティータイムだ

「ローって本当に腕の良いお医者さんだったんだね」

「今頃思い知ったのか。神応対として名高いんだぞ」

「それは知らなかったし。っていうか嘘でしょ」

ふふっ、久しぶりの軽口に思わず笑ってしまう。・・・あぁやっぱり私はローが傍にいることでふわりふわりと心が弾んでいる

「じゃあこれは知っておけ。ギブスが外れてもリハビリは続くしむしろギブスが外れてからの方が日常生活動作で気を付けてもらうことが増えるんだ

 間違ってもすぐにバイト始めようなんて考えてんじゃねぇぞ」

「え、でもちょっとくらい運動を兼ね「駄目だ」

・・・にべもないお言葉に心が折れそうになる。がここはとて負けられない。

「生活が懸かっているので、少々のアルバイトを認め「認めねぇ」

口をへの字にして一刀両断。取り付く島もない

ネカフェで生活しろってか。それともホームレスにでもなれってか。

今は有難いことにローの部屋を間借りさえて貰っているがギブスが外れたらこの同居は解消される

それは当然のことで、そうなるとまずはアパートを探して敷金礼金を考えて・・・

「どうしてお前はそうなんだ?」

「・・・なにが」

「俺は家の中が片付いていて好きな時に飯が食えるこの状態を気に入っている。ハウスキーパーを入れるよりずっと快適だ」

「褒めても何も出ないよ」

「茶化すな。このままで良いじゃねぇか」

「・・・ローのばか」

「何だとこの野郎」

野郎じゃないやい。このままで良いなんてどうして言えるの

全然対等じゃない。経過が良好な理由はみんなが手助けをしてくれるから。ローがこの家に置いてくれるのは心配してくれているから。そんなの解っている

変でしょう。ただの幼馴染がこんなに近くにいるなんて

フリーター(しかも現在は無職)と医者じゃちっともつり合いとれない

「お前の方が馬鹿だろ」

ローはとても呆れたような顔をしていた。ほっぺを引っ張られ無理やり上を向かせられる

は俺のやっていることが出来ない」

改めて言われてぐさり、心に何かが刺さった。そう、仕事一つ、私はまともにできない

「だががやってくれてる事は俺に出来ない」

ぱちり、目頭が熱くなったのはきっと無理やり上を向かされて、ほっぺたが痛いからだ。きっとそう

「お互いが出来ないことをやってるんだ。十分対等だろ」







哀れだから水をあげる




 

無意識に笑みが零れる

グー、パー。二の腕から指先まで自由に動く。ゆらり、伸びる脚も。

「嬉しそうだな

「・・・顔に出てる?」

恥ずかしそうに頬を隠そうとする仕草は可愛い。今日はいつになく無邪気だな、と嬉しい兄心と警戒心を持ちなさい!と心配しいな兄心が喧嘩してる

「まぁ早めにギブス外れて良かったな」

「うん」

「でも油断は禁物だぞ。ギブス外れてもまだ無茶は出来ないんだからな。ゆっくり慣らしていくんだ」

「それ、ローにも言われた」

いつもならすぐしかめっ面になるくせに。やはり機嫌が良さそうなは小さく頷いて見せた「がんばる」

「やだ、いつになく素直ななんてじゃないわ」

「なんのマネなのそれ」

可笑しなシャチ、と笑うになんだか懐かしくなった。

そうだ、この笑い方は昔のに似ている。プリーツのスカートを翻し、勢い良くローファーで駆けていた頃の

***

「と、言うことがありました」

「・・・で?」

「ペンギンも会ったんだろ?」

「あぁ。待合室からちょうど出るところだったかな。声かけたら手振ってきた」

「・・・だから?」

「べっつにー?」「ただがなんか昔みたいに笑うなぁって思ってぇー?」

「キャプテンが何かしたのかなぁって思ってぇー?」「何かっていうかやっと帰ったと思ってぇー?」

「・・・クッソうぜぇ」

ローは今自分の出せる一番低い声でそう吐き捨てた

二人の言いたいことは分かっている。だが

「こんなの言うのは野暮だって重々承知してますけどね。がばれないようにしてくださいよ」

何が悲しくてセックスライフにまで口出しをしないといけないのか。お互い言いたくないし聞きたくない。だが言わずにはいられない

そんな空気を感じながらローは返事の代わりに舌打ちをひとつ、悪友に送った


***


今日は買い物に行く、そう言ったら仕事が終わるまで待っているように言われた

病院近くのカフェは程よく人が居て長居をするのが申し訳なかったが送り迎えについて私に何か言える権利はなかった

一人で先に帰ろうものなら3人がかりで非難轟轟に決まっている

どんなに大丈夫だと言い張っても医者の言葉だと言われれば是としか返せなかった

カタン、

驚いて顔を上げる

すぐそばで音がするまですっかり本に夢中になってしまっていた。いったい何時だろうまさかローが、いやもしかしたらペンギンかシャチが迎えに来るまで気づかないなんて

慌てて時計を確かめようとするがその前に動きが止まる。

「こんにちは」

「・・・?」

なんて返せば良いんだろうか。例えば第一声にこれは失礼だろうか

「人違いじゃありませんか?」

目の前の席に座った人は全く知らない人だった

「あら、間違いじゃないですよ。さん、でしょう?」

不思議な人、からますます変な人になる

綺麗な顔の人だった。故にピンときたことがある

相手が口を開く前にはきっぱりと言い切った

「私とローは恋人同士ではありません」

つい先日だって同じような事でビンタまで喰らった。だって学習する。何せ今日は動けるのだから!

女性は目を丸くして・・・そして吹き出した

「え?」

「奇遇ですね。私もトラファルガーセンセとは恋人じゃあありませんよぉ?」

「は?」

「とりあえず座ってくださいよ。ね?」

そうだ。言い切ったら颯爽と帰ってやろうと思っていたので立ち上がったままだったのだ

心なしか視線を感じる気がする・・・。目の前の人から敵意は感じない。粛々と座りなおすことにする

「私はトラファルガーセンセのお世話になっているんですけど最近全然お会いできなくって」

「・・・まぁ忙しい生き物のようですからね」

女医さん?それとも患者さん?よく分からない

「ふふっ面白いこと言うのね。ちゃんって」

おいおい。初対面なのに名前知ってたぞ。とそれが顔に出ていたんだろう

「あ、ちゃんの名前は看護師さんたちに聞きましたぁ」

・・・病院の顧客情報管理についてモノ申したい。この人が何者か知らないけど私にだってプライバシーくらいあるよ

「勿論悪いことに使おうなんて思ってないわよ?トラファルガーセンセが全然捕まらないからコレ返しそびれちゃって」

そう言って女の人はテーブルの上に何かを置いた

爪の先までピカピカしている手だった

コツン、

ちゃんからトラファルガーセンセに渡しといてくださる?先日私の家に忘れていったの」

それは見覚えのあるものだった

ネクタイピン。ラピスラズリ色の石が付いていてローによく似合っていた、と思っていた

もう一度目の前に座る女の人を見る

もう一度見ても綺麗な人だ。この人の家に泊まった。ローが


そしてネクタイを外すようなことをしたのか


「気が緩んで忘れていったのか忙しすぎて忘れていったのか分からないところが残念だけど・・・ね。お預けしても良いかしら」


私が受け取ったことを見届けてその人は立ち上がった

本当にコレを渡すためだけに来たのだろう。過去にローと関係があった女達とは違って敵意も悪意も感じられなかった

「あのっ」

この人は恋人ではないと言った

帰り際の質問にしては脈略のないものに感じられたのかその人は不思議そうに首を傾げつつ、しかし答えてくれた


***


「・・・?」

気が付いたら目の前にローがいた

「おい。どうした気分でも悪いのか?」

伸びてきた手が額に触れた。相変わらず体温低いなぁ

「んーん、大丈夫。

 ねぇ。晩御飯何食べたい?私はハンバーグが良いんだけど大根おろしたっぷりのやつ」

「・・・別に無理して作らなくて良いぞ。体調悪いなら買って」「大丈夫だって!せっかく献立考えてたんだから!」

私の言い分にローは呆れたような顔をした

「食い意地張っててぼーっとしてたのかよ」

流れるように鞄はローに取られる

「今日から松葉杖ないのにっ」

「そりゃ医者が優秀だからだな。敬え」

いつものような軽口



『私ね、近いうちに出ていくから。だから安心してね』