頼りっぱなしだという事は理解している
迷惑をかけている、というのも否定しない
だけど『邪魔』だとは認めたくなかった
それは望まない場所に根を結ぶ
「え、今日も遅くなるの?」
『あぁ。メシも要らねえ。・・・お前一人分だからって手抜きせず食えよ』
「や、私の食事は置いといてローこそまともにご飯食べてるの?」
『心配するな。また連絡する』
無機質な音を立てる電話から手を離す
・・・ローが帰ってこなくなった
そういうとまるで私とローが同棲してるみたいでなんだか納得がいかないが。
仕事が忙しい。そう言われると何も言い返せないけど・・・可笑しい
今までローが私と会ってたのは平均して2週間に一度。連絡はメールも含めると2日に一度はしていた。
時間もバラバラではあったが確かにローは私と電話やメールをしていたのだ
それがもう今日で10日。家に帰って来ていない
(病院に行ったときにちょっと顔見て着替えとかだけ渡して・・・ものの3分の出来事なのでした)
ため息しか出てこない
買っていた食材はまた期限切れになってしまうだろう(いくら貧乏性な私でも毎食2人前は消費できないのだ)
かつてこんなにも忙しかったことがあったのでしょうか。ポツリと聞いてみたらシャチもペンギンも困ったような顔をした
『キャプテンにも色々あるんだよ』
以上。おしまい。
そりゃそうだ。ローは私よりずっと忙しい。そんなことわかってる
問題は家にまったく帰ってこないことだ。此処はローの家で私は間借りをしているに過ぎない
家主をほっぽり出してまるで我が物顔で居る自分が気持ち悪い
バイトもできない、在宅でできるバイトを探してたらローに見つかって即、却下された。今のお前に必要なのは何なのか分かってるのか?バイトじゃねぇよ。金の心配よりすることあるだろ
休息とリハビリだ。
分かったら履歴書書こうとすんな。馬鹿
流れるような罵倒をいただきました。これがただの過保護な幼馴染の言葉ならスルーするものの本人曰く医師の言葉ということで無視出来ない
そんな私ができることなんて掃除、洗濯、料理・・・。それくらいしかない
ローの家を少しでも快適にする(本人が喜んでいるかどうかは置いといて)それすらも出来ないっていったい何?
***
「キャプテン今日も帰らないんですか?」
電話を机の上に投げ出しそのまま突っ伏すと呆れたような声がする。さっきまで聞いていたの声が掻き消されるようで若干イラッとした
「うるせぇ・・・」
「いくらなんでも体に悪いですよ。また当直室かカプセルホテルとかでしょ?俺らだってそう何度ものこと誤魔化せませんからね」
分かってる。分かっててどうしようもない。
「お前らに俺の気持ちが分かってたまるか」
「誰だって他人の気持ちはわかりませんよ。勿論だって」
うぐぅ、と図星を突かれて変な声がでた。
心配そうな声をしていたのが機械越しでも分かった。仄暗い気持ちが生まれる。の頭をトラファルガー・ローで満たしているという歪んだ喜びが
一生そうやって俺の事だけ考えてろ。ペンギンを頼ろうとするな。シャチも然り。そう言えたらどんなに楽か
流石にも不審に思っていることだろう
それでも家に帰らないでいるのは俺自身のため、そして延いてはのためなのだ
長いこと飼いならししていたはずの感情
裏を返せばそれはただの『獣』だ
男によく『何でもしてあげたい』なんて台詞を言えたな。その場で押し倒されれたかったのか?と、危うくの純粋たる『厚意』を踏みにじるところだった
「すげー今更なんですけど・・・隠す必要あるんですか?」
「ようやくが帰る場所を覚えたんだ。みすみす手放す必要がどこにある?」
電話に出ないだけで、返信がないだけで不安に駆られる日々に比べればどこにいるか分かるだけでも進歩だ。それも自分の掌なら猶更
少なくとも今出来る限りで一番安全な場所だ。だからまだ隠し通してみせる
「に余計な事言うなよ」
釘を刺され、なんだかなぁとシャチとペンギンは目を合わせる。完全にお手上げだというポーズだった
好きという気持ち一つでどうして二人は動き出せないんだろう
***
「トラファルガーセンセ?」
「勝手に入って来るんじゃねぇよ」
最近よく営業にくるようになったMR
「ふふっ、怖い顔。お疲れなんですか?」
するり、と指先を絡めるように伸ばされて思わず振り払いたくなる。医師の手に易々と触れるんじゃねぇよ
爪の先まで『女』を纏った女。人工的な甘ったるい香りが部屋中に染み渡る気がしてローは顔をしかめた
「ねぇセンセ。今夜は私の家に来ません?少なくとも当直室よりは眠れますよ」
挙句盗み聞きか。良い趣味だ
自分がどうすれば男に魅力的に見えるのかわかっているんだろう。必要以上に外されたシャツのボタンや少しでも足を綺麗に見せるためのヒール
何一つとは違う。あいつは爪を塗る趣味はないし数少ない持ち物は動きやすさが重視されている
・・・しかし少しでも欲を吐き出せばこの燻るような熱が冷めるかもしれない
感情を伴わない、生理現象だ
目の前に差し出された安易すぎる逃げ道、を見つめながらローは何処か投げやりな気持ちで頷いた
***
開かれたドアの音に弾かれるように立ち上がったが、走り出そうとしてギブスの付いた足に縺れてしまう
ガツンとテーブルが大きな音を立てた
「っ!」
・・・笑ってほしい。自分の足に躓いて転ぶなんて
「何してんだ。捻ったりしてねぇだろうな・・・」
ぐんにゃり、突っ伏していた私をローが抱え起こす
恥ずかしさのあまり起き上がらなかっただけだがとても言えない。だって、顔を合わせるのは何日ぶり?
「・・・おい、?」
私の名前を呼んでくれる
「・・・お、」
「あ?」
「お、おかえりなさい・・・」
思わず零れた言葉にローは珍しく目を丸くしていた
「あぁ」
じわり、と遅効性の毒のように
ローの言葉が私の身体に染み込んでいく
「ただいま」