「貴女トラファルガー先生の何なのよ」
いつかこんな事が起こる、という予測はついていた。それは早いか遅いかの違いでしかない しかし、えらく色っぽいナースさんだこと。
とうとう点滴で栄養補給するハメになった身体のは冷静にそんなことを考えていた
春は来ない。鳥は鳴かない。だから私は目覚めない
「知人です」
アバウトだな。と我ながら思った。
「ただの知り合いにトラファルガー先生がここまで付き添うと思ってるの!?」
「・・・昔からの知り合いなので」
心底どうでもよい。
退屈だー、とは思っていたがこんなのを望んでいた訳ではない。決して
「たかだか骨折くらいでトラファルガー先生に診て貰おうなんて身の程知らずも良いところよ!」
「はぁ。」
知らないよ。それは病院の都合でしょ。思わず気のない返事が出てしまった
「何て言って先生の気を引いてるか知らないけど馬鹿みたい。トラファルガー先生はお忙しい方なのよ?それなのに・・・」
「結局何が言いたいんですか」
「・・・自分だけがトラファルガー先生の特別なんて思わないことね。あんなに素敵な人が貴女みたいな小娘一人に満足する訳ないでしょ。」
ふふっと笑う目の前の女にドロリとした厭な空気を感じた。まるで絡みつくような異様な甘い雌の匂い
「アタシだって抱いて下さるんだから」
ぞわり、悪寒が走る。そして何の前触れなしに指先だけ動かした 『はい。ナースステーションです。どうしました?』
「ちょっ!?」
「あのトラファルガー先生に伝言をお願いします。私の処置に不満があるらしい看護師さんがいらっしゃる様なのでどうぞご検討下さい、って。名前はー」
焦ったような声を一切無視して伸ばされた手は避けるように身体を捻る。 胸に付けていた名札を読み上げて一方的にコールを切った。
「はい。よろしくどうぞ」
「・・・アンタ最っ低ね!」
「お蔭様で」
言ってやりたい。過去にローの幼なじみというポジションでどれだけこの手の絡まれ方をしてきたのか。
言ってやりたい。 私を巻き込むな。当事者同士でやってくれ。
「VIPでもなんでもないただの患者の一存で担当医師が変わるんですか?病院側の決定に従いますから」
だからとっととローと直接話し合いでもアダルト行為でもなんでもして下さい。 何が悲しくて幼なじみの性生活まで聞かされなきゃいけないんだ
目尻まで赤く染めた看護師は唇をわななかせそして腕を振り上げた 後ろに下がろうとするが力を入れた腕にピキッと嫌な痛みが走る。
あ、ヤバいかもしれない
パンっ
乾いた音と頬に走る痛み。女の人から平手打ちをされるなんて昼ドラだけだと思っていた
「馬鹿にしてっ!」
私は出来た人間じゃない とばっちりだと分かっていてしかも身体は思うように動かずフラストレーションも溜まってる。 平たく言えばキレた
「言いたいことはローに直接言えば良いじゃんか!とっとと出ていけこの淫乱女!!」
「なっ・・・!」
また手を振り上げた。来ますか第二弾。
ガラッ 振り上げられた手は不自然に止まり、ついでに部屋の空気も固まった。
「淫乱女が外まで響いてたぞ」
ポカンとしている看護師。私も似たような顔をしているだろう。何せ今この部屋に入って来るなら彼女を回収するナースさん達か運が良ければロー。はたまたペンギンかシャチ。それくらいしか浮かばなかった
まず目に映るのは鮮やかな緋。ワックスで逆立てた髪、目付きはお世辞でも良いとは言えない
そんな瞳が私と彼女を交互に見てみるみるうちに不機嫌そうな顔になった。知らない人なら半径5m以内に近寄りたくない。
「ここの病院はクソみてぇだな。ナースが患者を殴んのかよ」
「・・・!」
・・・結局振り上げられた手が第二弾を繰り出すことはなかった。
彼が一睨みしただけで競歩並のスピードで部屋から出ていった。
残されたのは私と彼のふたりっきり。
驚きと少しの戸惑いを隠しきれないまま
「お、お久しぶりですキッド先輩。えっと、良ければ・・・お掛けになりますか?」
とりあえず椅子を勧めてみた。
「ああ」
彼、ユースタス・キッドの先程までより幾分柔らかくなった声音と表情に内心ホッとした。
「・・・」
「・・・」
「・・・あ、あの」
「・・・」
「ローに用事」「なんでトラファルガーが出てくるんだよ」
じゃあ何しに来たの?とは聞けなかった。
「お前が入院したって聞いたから・・・」
「え」
にとってキッドは『ローの友人』である。 二人で遊んだりしたことはないし、そういえば連絡先も知らない。
「・・・具合そんなに悪いのかよ。面会謝絶になっててビビった」
「え、え?面会謝絶?いやただの骨折で・・・」
まぁ色々あって点滴はしてますけど・・・というか面会謝絶だったとしたら彼はどうやって来たんだろう
「そうか」
あ、 さっきまでピリピリしていた顔も緩んだ
「・・・あー、見舞いなんて何が良いか分からなくてこんなので悪いが・・・」
差し出されたのは小さな花束。黄色を基調とした可愛らしいものだ
「・・・ありがとうございます」
ローとは全然違う。シャチやペンギンとも違う。
『・・・です。はじめまして』
『・・・キッドだ』
『・・・?何、キッドさん?』
『ユースタス』
『ユースタス先輩』
『・・・キッドで良い』
見た目に反した優しい仕草と言葉にぎこちない笑みを返す。
この人苦手だな。そう思っていることは生涯自分だけの秘密だ。
「さっきみたいな奴よく居んのか?」
「よく居たら私の頬っぺたは持ちませんね」
そういえば頬は腫れてないだろうか。自覚すると遅れて痛みがやって来る。 冷やしたいな、でもキッド先輩居るしな、まぁ口の中切ってないから大丈夫か。
「・・・トラファルガーの野郎のせいなんだから本人に言ってやれよ」
ははは、と乾いた笑いが零れた。 文句くらい言わせて貰おう。そしてそろそろ退院したい。
ベッドの上、投げ出された自分の手を見つめる
「今日は・・・キラー先輩と一緒じゃないんですね」
頭の中では必死に話題を探し、ようやくそれだけ口にした
「あぁ。アイツは仕事だ」
キラー先輩もロー経由で知り合った一人だ。いつもキッド先輩と二人でつるんでいた気がする
「・・・」
「・・・」
「・・・」
駄目だ。会話が続かない。誰が教えたのか知らないけど言いたい。余計なことしやがって。
「な、なぁ」
「はい」
「さえ良ければ」「不法侵入で訴えるぞユースタス屋」
「・・・てめーはよぅ」
青筋を浮かべたキッド先輩、よりも勢いよくドアを開けたローに目を奪われた 肩で息をしていて額にはうっすらと汗をかいている
ローがこんなに疲れてる姿を見るなんて・・・
「この部屋は面会謝絶だったはずだ。それをシャチを脅して入室許可を得るとは・・・随分偉くなったもんだな」
「あぁ?元々面会謝絶になるような病状だったのかよ。本人が初耳って顔してんぞ」
「それは医者、引いては俺が決めることだ」
「や、せめて一言報告くらいして欲しいよね」
電光石火のような会話の応酬に思わず口を挟む。瞬時に二人から睨まれ怯んだ。
私悪い?悪くないよね?
・・・結局その後ローとキッド先輩は言い争いをしながら揃って出て行って、しばらくして若干青ざめたシャチが部屋に飛び込んできました。よく解りません。
とりあえずシャチに湿布頼んで頬を冷やしました なんか疲れた。おやすみなさい。