病院の匂いが嫌だ
そう言うとローは何故か特大サイズのベポクッションを持ってきた
受け取ると柔らかく思わず顔を埋めてしまった
そして気づく
「ローの匂いがする」
狂喜を孕んで。芽吹いて、気付かないふりをする
「ハッピーかい?」
そんなことを病院で言う人は一人しかいない
「不幸せではないと思います」
私の回答にヒヒッと愉しそうに笑いながら部屋に入ってきた人にお茶でもと思ったが指先で不要だと言われた
一時のお茶飲み仲間がよもやこの病院のトップだとは誰が思うだろう。いや、私が鈍かっただけか。
「・・・何の用だ」
「それはこっちの台詞だね。仕事ほっぽらかして何やってんだいお前は」
おい。ローや。休憩時間だから暇潰しに寄ったって言ってませんでしたか。
しかも上司に向かって舌打ちなんぞしてる。
「給料どろぼう」
「ババァのせいでが誤解したじゃねーか。おい。おれは既に給料十二分働いてる」
「誰がババァだ!!」
全くだ。ローは女性の扱いがなっちゃいない。
ため息をつきながら腕を伸ばそうとすれば瞬時に近寄ってくるロー。過保護だ
「私は寝てるから仕事戻りなよ」
「・・・本当に安静にしてるか?」
「してます。してるから」
結局、そんなやり取りを何度から繰り返すうちに院長先生がキレてローを引きずって行った
私は一人、ベッドに身体を沈める
ベポのクッションに擦り寄り、ようやく落ち着くのだ。
病院は嫌い。だけどローが傍にいる。
・・・不謹慎だ、と自己嫌悪。
ここでは殆ど寝て過ごしている。代わる代わる、時々一緒にローやペンギン、シャチが来る。
寝てるだけなら家でも出来る、そう言うとローに即却下された。
『おれがお前を今、あの家に帰すと思うか』
かなり凄みのある声と顔だった。
貯蓄はないけど保険は加入している。入院費が払えないとか踏み倒す訳にもいかない。
イコール誰かに迷惑かける。それは避けたかった。別に入院したかった訳じゃないけど
「アンタも厄介な男にひっかかったもんだ」
院長先生、もといドクターくれははそう苦笑を見せた。反射的に私も笑って見せた
「ローにとって私は妹みたいなものですよ」
甘い空気なんて無い。あるのは背中合わせの心地好さ。実際お互いに一人っ子だからキョウダイってわかんないけど…
一人の部屋はやたら広く感じる。個室に入院って人生何があるかわかんないなぁ。
寝て起きて検査してを繰り返すだけの日々はさすがに暇だ。
「ー。客だぜ」
「!」
「え」
ナミ?
「お!いたぞ!」
「ちゅわーん!」
「え、え?」
次々と入ってきた客、シャチの後ろからナミ、ルフィ、ウソップそれからサンジ君にゾロまで。
「すげー広い部屋だな!」
「あんまし騒ぐなよ麦わらー」
「大丈夫?ちょっと痩せたわね」
「見舞いがこんなので悪いな」
目まぐるしく変わる会話。ナミが間近から覗きこんで頬を軽く摘まれる
それからゾロが掲げたのはケーキの箱。サンジ君が働いてるお店のロゴが入ってる
ルフィとウソップは病室が珍しいのかキョロキョロしてる。
「食事制限はあるの?」
「ない、けど」
「じゃあケーキ食べましょう」
ひゃっほーいケーキ!ケーキケーキ!!喧しい!此処病室なのよ!!
唐突に訪れた賑やかさ。あれよあれよという間にケーキが渡されて口にする。・・・美味しい。
「お前ら騒ぎすぎだ」
最早ノックすらなかった。しかめっつらで入ってきたロー。
「・・・仕事は?」
「おれを誰だと思ってる」
ローの手が前髪をくしゃりと撫でる。慣れた体温。慣れすぎた体温。
触れたところから安堵してしまう自分がいる
***
が襲われた。しかも怪我をして入院した。
ルフィ経由でそう聞いた時、頭を過ぎったのはあの高校3年の出来事だった
まるで消えるように居なくなってしまった
『ナミ。今日はわざわざありがとう』
葬儀の帰りに掛けられた言葉。最後の言葉だなんてだれが思うだろう
家はからっぽ。電話は解約済み。
担任に聞いても見せられたのは一枚の紙切れ。『退学届』ぞっとした。
あの子はどうしたの?
それから時間だけがジリジリと過ぎて行った。
捜したいのにどうしたら良いのかわからない。連絡を待つだけのもどかしい日々。
『を見つけた』
トラ男からそう告げられた時、泣いてしまった。安堵の涙だ
しかし
『に会いたいか』
何を。当然でしょう。今何処にいるのと詰め寄った
『・・・条件がある』
冗談だとしても笑えない話を聞かされた。
引き取られた親戚に性的暴行を受けていた?誰が?が?
『本来なら知られたくないはずだ。だからこれはおれの一存だ。それを知った上でと今までと変わらず付き合えるなら会わせる』
涙が止まらない。さっきまでとは違う怒りと悲しみ。
私はアンタが大好きよ
***
まるでそれが当然だと言わんばかりにローはの隣へ立つ。そしての食べかけを一口奪った
「・・・甘ぇな」
「ケーキだからね」
呆れたようなの言葉。文句を言わないのは慣れてるからか諦めているからか
「お前ら長居はするな。本来なら面会だって認めて無いんだからな」
ローの言葉に皆ブーイングを起こした。
ナミはため息をついて皆を宥める
「確かにこんな騒いだらだってゆっくり休めないわよね。また来るから今日は帰りましょ」
「そんな気を遣わなくて良いよ」
「こんな時くらい頼りなさいよ」
そう言ってテキパキて片付けを始めてしまった
確かにもうすぐ定期診察の時間だが・・・
我が儘も言えない。
今日はありがとう。とが御礼を言うと各々「また来るね」「お大事に」「無茶するなよ」なんて言葉を返す
「なぁ」
帰る間際ルフィが振り返る。
「なぁに?」
「今度を虐めるヤツが現れたらオレがやっつけてやるからな!」
「!」
不意打ちだった
優しさに喜べば良いのか何処まで知ってるのかと怯えれば良いのかわからなかった
酷く、奇妙な表情をしていただろう
「・・・あ、ありがとう」
かろうじてそう返した
「おう!」
ニシシ、と笑うルフィに笑顔を返せただろうか?
シャチが先導してみんなが帰って部屋にはローだけが残った
「」
「・・・んー?」
「」
ゆるゆると顔を上げる
「・・・あ」
グラリと身体が揺れて眩暈と胃から熱いものが込み上げてくる感じ
次の瞬間吐いてしまった
「・・・っ」
「大丈夫だ。水飲めるか?」
背中をさするローの手が優しい
涙まで出てきて顔はとても酷いに違いない
・・・可笑しいなぁ。ケーキなら大好きだからいけると思ったのに
初めてじゃないのだ
此処に来てほぼ毎日毎食戻してしまってる
食事制限はない
むしろ食べられるなら何でも食べろってくらい
徐々にこの身体は壊れているんだ
「」
「・・・ぁい」
「お前がどう思っていようがおれはお前を生かすからな」
死にたい訳じゃない。自殺未遂を起こしてる訳じゃない。だけど・・・壊れようとしているこの身体に何処か安心している。
それを見抜いているローの言葉になんと言えるだろう
ねぇ、なんでそんなに私に執着するの?