ロー達を見送ってた手はいつの間にかおでこに触れてた

食器を片してシャワーを浴びて洗濯物干して・・・ローのスーツは流石に無理。苦渋の策でハンガーに吊した

さあ、そろそろ行かなきゃ




根付いて、咲く前に手折って




出かける先は携帯ショップ・・・ではなくバイトだ。携帯は帰りに銀行寄ってお金を降ろしてから

「ちゃんレジお願いしまーす」

本棚を整理していた手を止める

義務教育で徹底した年功序列を叩きこんでおきながら社会に出たら実力主義って可笑しい。

今を呼んだのは年上で臨時で入ったより先輩だが明らかに仕事ができない

仕事中でも私語は多い携帯は弄る遅刻もしょっちゅうだ。ちなみに昨日急なシフトが入ったのも彼女の突発休みが原因である

イライラするが店長の前では良い子ちゃんをする、ある意味世渡り上手な人間なのだ

レジ打ちくらい自分でしろ!と言ってやりたいが客が既にレジ前で待ってる。急ぎ足でカウンターに入りは笑顔を作った

「大変お待たせしました!」

これも、仕事である

初めて働いた時、上司に言われた

『怒られるのも、怒るのも給料のうち』

これは給料を貰う上で我慢しなければならない範囲だ。我慢できるうちなのだ。

「ありがとうございましたー」

自動ドアが閉まったのを確認して先輩が話しかけてきた

「あのお客さんキモくない?毎日来て立ち読みしてさぁ菓子パンとお茶買ってくの。絶対カノジョとかいないんだよー」

要はキモい客だから私に回した訳だ。

「まぁどんな人でもお客さんですからね」

曖昧に笑って、ついでにカウンターを拭く。・・・確かに汗びっちょりな人ではあった

「ちゃん偉ーい。私真似できなぁい」

私も真似できなぁい。誰かさんのこと

「ごみ捨て行ってきますね。お客さん来たらお願いします」

この場を離れよう。台拭きを投げつけない為に。ついでに休憩くらいしたってバチは当たらないだろう。3分くらい

裏口でごみの仕分けをして戻ってくると珍しくキチンとレジに立っている先輩がいた。

携帯を持ってなければ頬杖もついていない

「先輩レジ代わりましょうか?」

不思議に思いながらもいつものように切り出す

が、先輩はニッコリと笑顔で

「レジは私がするよ。ちゃん休んでて」

とか言い出した

私がごみすてしてる間に頭ぶつけたんじゃないかと思った。ちらりと店内に視線を向け素早く耳打ちしてきた

(ね、あの人超かっこよくない?)

「は?」

目で示すので釣られてそちらを見る

・・・見て、しまった

「・・・先輩私ちょっと休憩」

「携帯は」

聞き慣れた低い声に遮られは・・・諦めた。先輩は驚きと嬉しそうな声を一緒に出してる。器用だ

ゆっくりと顔を上げれば数時間前にも見た

「今日はあと7時間あるって知ってた?」

ローはただ見つめ・・・否睨んでくるだけだった。カウンターの前を独占して営業妨害も良いところである

「なんでここに居るの」

「シャチに聞いた」

・・・シャチにはバイトが変わったとしか行ってない。嘘なのは明白で権力を使ったのか金を使ったのか・・・怖くて聞けなかった。

「え、え!ちゃんこのお客さんと知り合いなの!?」

先輩の言葉に渋々頷くが目線はしっかりとローに向いてる

「行くぞ」

「私まだバイト中だからどっか行ってて」

これは怒って良いレベルだと思う。勝手にバイト先を調べて押しかけてくるなんて!

不機嫌丸出しでそう言えばローも不機嫌になる。人相の悪さが二割増しだ

「おれは客だぞ」

「だったら何か買えば」

「・・・」

「私は売り物じゃありません」

ローは頭が良い。医者としても有名らしい。顔も良い。常に恋人がいて女は星の数だけ抱いてるはずだ。

リーダーシップもあってシャチやペンギンしかり慕われている

だけど自分勝手だ。

前にも同じようなやりとりから大喧嘩したことがある。ローはわがままなのだ

「・・・」

私が本気で怒ってると気付いたのかローは口をつぐんだ。

「・・・シフト通りならもう上がれる時間だろ」

ややあって呟いたローの言葉に目を丸くする

時間?年季の入った腕時計を見るのと事務室のドアが開いたのはほぼ同時だった

「すみませんっ遅くなりました!」

慌てて入ってきたバイトの仲間、大学生のコビー君は私の顔を見るなり頭を下げた

「さんごめん!残業させちゃって・・・」

「え」

言われて、ようやく気付いたのだ。定時を30分超オーバーしていることに


コビー君、時計、そしてローを見遣る

「外で待ってる」

ローはそれだけ言って本当に出て行ってしまった。

自動ドアの機械音が間抜けに響いた

***

車に寄り掛かるようにして立っているロー

前はバイクを愛用していたのにいつの間にか車になってた。なのにまだバイクも持ってるらしい。捨てられない症候群か。

「遅い」

「ごめん」

自覚しているのでこれは素直に謝る。あのあと先輩に捕まっていた。用件は勿論ローのこと。

ローは私が勝手に女の子を紹介するとすごく不機嫌になる。それが分かっているので迂闊に幼なじみとも言えず苦労した。

「乗れ」

乗り込むと車は静かに走り出す

行き先は分かっている

「・・・携帯くらい一人で買えるよ」

「おれの勝手だろ」

全くだ。

「ガラケーで良いんだけど」

「今時あんのか?どうせ長く使うんだろ。最新型にしとけ」

「ローが自分の買い替える時そうしなよ」

「じゃあおれと同じのにするか」

「なんで」

勝手に手を伸ばしてオーディオをつける

音楽が流れだすと自然に会話が途切れた

ローは意外と運転が上手だ。バイクしかり

だからやけに音が響く

「学会間に合ったの?」

「ああ」

「ペンギンに迷惑かけなかった?」

「お前はおれを何だと思ってる」

憮然とした声に少しだけ笑う。行儀が悪いと分かっていながら靴を脱いで椅子の上に三角座りをする。私のクセだった。

「・・・足」

「スカートじゃないから平気だもん」

子供みたいだと言われてもこの体勢は落ち着くのだ

「・・・上がりの時間なんで分かったの?」

「シフト表が部屋にあっただろ」

・・・朝食を準備している時に見つけたらしい。

それに合わせて迎えに来たんだろう。頼んでないけど

「ごめん」


不意に頭に暖かい手が触れる。大きなローの手。それが返事だった