むかしむかしとある島に雪の絶えない山がありました

その山間には小さな集落がありました

生きているいきものよりも死にゆく命のほうが多い

そんな世界で

生まれた子供は『』と名付けられました





*1*

『これが噂の・・・』

『以前見た時より・・・』『食事は一切手付かずか』

毎日入れ替わり立ち替わりに人がやって来る

食事をせずに生きている生き物なんていない、って知らないのかしら?私は冬眠をしてる訳じゃない

ただこれ以上悪化してほしくないので喋らなくなっただけ

一度力を使って以来、全く意味のない目隠しをされているので気配しかわからないが確かに人の気配がする

ほんの少し身動きしただけで無機質な金属音がする

朝も夜もないこの船の中

たまに揺れてたまに波の音もする

大丈夫

もう慣れた

見知らぬ誰かに身体を触られることも

夜も昼もないこの真っ暗な世界にも



世界が変わったのはある日突然やってきた



『海軍だ!!』

『逃げろー!!』

慌ただしい声に足音

それからずっと銃撃音が響いて

『なんでこんな小さな餓鬼が・・・』

『それにこの光景は・・・』

震える手がゆっくりと目隠しを外してくれた


久しぶりに見る世界は


視界いっぱいの煙と酷くしかめっつらした男の人だった

「・・・葉巻は身体に悪いですよ?」

ちなみにこれが私の第一声



*2*

こてん、と首を傾げる

「海軍の方ですか?」

「ああ」

「私はどうなるんでしょう?」

「そりゃこっちが聞きたい」

スモーカーは大変困っていた

何せこの子供 何から何まで謎なのだ

本来、親を海賊に殺されたり孤児になった子供は孤児院に連れていく決まりで稀に悪魔の実の能力者などになれば軍の施設で引き取ることになる

「・・・お前、悪魔の実の能力者か?」

「カナヅチじゃありません」

妙に大人びた喋りかたをするこの子供

ならば孤児院行きか?

しかし発見した時のあの異常な光景は忘れられない

両手足につけられた枷

目隠しされた小さな顔

一番の問題は一体何を恐れてあそこまでしていたのかがわからないことだ

あの船に乗っていた連中は「預かっていた」の一点張りなのだ

「預かってた?」

「あいつらの話によれば酒場で知り合った連中から『預かった』そうです。オークションにかければ数億はくだらないはずだから、と・・・」

「で、あいつらはそれを信じてせっせとヒューマンショップに運ぼうとしてたのか?」

「みたいですね・・・」

もう一度目の前の子供に視線を戻す

相変わらずこてん、と首を傾げたままだ

確かに透けるような白い肌に整った顔立ち

ゆれる長い髪はまるで絹

人形のような容姿をしている

そして一番目を惹くのはどんな宝玉よりも美しい橙を一滴だけ落としたような金色の瞳だ

しかし、それだけだ

どう見ても億の価値があるようには見えない

「少し話をききたい」

「どうぞ」

普段ならこんな子供の相手は部下に頼むのだが全く物怖じしない子供の

態度に立ち去るタイミングを逃してしまった

「・・・自分がなんであの船にいたのか分かるか?」

「捕まったからです」

「誰に?」

「前の船の人達」

「何故」

「なぜ」

オウム返しで会話が止まる

「捕まえる価値がある、とあの人達が判断したからでしょう」

「・・・そうか。親は」

「居ません」

「死に別れか」

「はい。ずいぶん前に」

「どこか帰る場所はあるのか」

「陸地なら何処でも生きていけると思います」

ガシガシとスモーカーは頭を掻く

全くやりにくい仕事だ

「・・・お前名前は?」

「教えません。」

「は?」

「名前は教えません。好きに呼んでください。船の人達はみんなそうしてました」

「・・・お前はしばらく軍で面倒をみる。わからないことが多すぎるから追い出す訳にもいかない」

「スモーカー大佐 本部への連絡は良いんですか?」

「連絡の仕様がねえだろ。不審船からガキを拾っただけだ」

「・・・確かにそうですけど」

「・・・たしぎ軍曹、さん?」

「えっ」

「そう呼ばれてましたよね?」

「え、ええ」

「たしぎ軍曹さん。ご迷惑だと思いますがどうかよろしくお願いします」

「い、いいえ こちらこそ不束かものですがどうぞお願いします!」

横でスモーカーが一体何の挨拶だ、と冷たいツッコミをいれた




*3*

「ええっと・・・こっちがシャワー室です。着替えは明日には揃えますから今日は私の服を着てください」

「何から何まですみません」

物めずらしそうに部屋を見ていた子供はゆっくりと頭を下げた

慌てていえいえ そんな!と返す

こんな子供にまでなんで敬語を使うんだ、とスモーカーには言われたが普通の子供とは一風違うこの少女にはついつい敬語を使ってしまう

「あ、食事はどうします?今食べます?それともシャワーを先に?」

たしぎは自分としてはごく普通のことを聞いたつもりだったが少女はまるで聞いたことのない言葉を聞かされたように目をぱちくりしてやがてゆるゆると首を振った

「・・・食事はいりません。」

「えっ」

「あんまりお腹空いてないんです。あの・・・全然動いてなかったので」

フラッシュバックするのはあの忌まわしい光景

枷で身動きが全くできなかったであろうあの姿

思わず腕を抱いてしまう

「出来ればシャワーだけ浴びさせていただきたいのですが・・・」

黙り込んでしまったたしぎに気を使うように口をはさんだ

「あ、はいっ どうぞ!」

「ありがとうございます」

パタン、とシャワー室のドアが閉まるとたしぎは無意識に息を吐いた


軍曹個人の部屋(と言っても寮の個室だが)で『保護』をするなんてこれまた異例のことだった

しかし、こんな子供を一人で生活させる訳にもいかないしスモーカーに任せる訳にもいかない

小さくても女の子だ

いや、実際はそこで一悶着あったのだが・・・まぁ置いておこう

というわけでたしぎが預かることになった

着替えはとりあえず自分のシャツを代用してもらう。

眠るだけだから多少サイズは我慢してもらおう

あんなに小さい子の服はさすがに寮内の誰も持ってなかった

・・・はた、と気づく

あれくらいの年の子って一人でお風呂入れるのかしら?

「っ失礼します!」

思いっきりドアをあける

「はい?」

ドアの向こうにはほかほかの女の子がいました

色付いた頬にまだ雫の残る髪

上がったばっかりらしく体はまだバスタオルのままだった

「着替えを持ってきてくださったんですか?」

「え」

「ありがとうございます」

深々とお礼を言われてしまっては何も言えなくなる

ゆるゆると着替えを渡し

そのままドアを閉めて終わった


ドアが完全にしまったのを確認して小さなため息が一つ

ブカブカのシャツに手を通して裾を丁寧に折る

もう一つため息

「・・・だいぶ縮んだわね」

その外見に似合わない、やけに大人びた一言。そして小さな脱衣所を見渡して足元に赤い薔薇が一輪落ちているのを見つける

少女は何の躊躇もなくそれを拾い上げ、その小さなさくらんぼ色の唇に含んだ

「あまい」



***




その村は深い深い山間の一年中雪が解けないような所でした

実りなどほとんどないにもかかわらず

それでもその村は『死』と隣り合わせのような場所で

それでも在りました



***


*4*

随分と可愛らしい洋服を買い与えられて苦笑してしまう

こんなにもリボンやレースがふんだんに使われている洋服を着ることができる年頃なのか、と

「で、こうなった訳か」

「はい!最近の子供服って色々あるんですねー。選ぶのが楽しくって!」

ニコニコと語るたしぎは本当に楽しそうだった

事実、服を選ぶの過程で盛り上がったのは少女ではなくたぎしとショップ店員である

「・・・お前はそれで良いのか?」

「似合いませんか?」

いや、似合ってる

ふわふわしたワンピースを身につけ枷がついてた足にはエナメルの靴

髪は丁寧に梳かされて・・・さながら等身大の人形のようだった

「よく似合ってますよ!」

「ありがとうございます」

黙りこんだスモーカーにかわり元気に答えたのはたしぎだった

「それじゃあ私、巡回に行ってきますね」

「はい」

「ああ」

ここは、執務室である。念のため

あまりにも得体の知れないこの少女を一人たしぎの部屋に置いておく訳にはいかない

そういう訳で少女は執務室で預かることになった

『では何か本を貸して頂けますか?』

この部屋にいてもらう。外は出歩くな。

そう言うと少女は嫌がる様子もなく淡々と告げた

「・・・読めるのか?そんな本が」

「読み書きは一通りできます」

そういう意味ではない

スモーカーが聞きたかったのはその本の分厚さである

下手すると殺傷能力すらありそうなページ数

ふと、少女が読んでいた本から顔を上げた

瞳が合う

「本は好きなんです」

まるで心を見透かしたかのように

「・・・そうか」

薄く笑う

子供らしからぬその表情と口ぶりにどう接すれば未だに悩む

・・・ついでに言うならこの子供の呼び名も未だに決まっていない

ガキで良いと思ったがたしぎが全力で却下した

女の子です!というのが彼女の言い分だった

まぁ呼び名なんて何でもいい

今のところ「おい」や「例のガキ」で意志疎通が可能である

しばらく少女が本をめくる姿を眺めていたが特におかしな動きをする様子はない

ほっといても大丈夫だろう。スモーカーは自分の書類整理を始めた

「只今戻りました!」

どれくらい時間が経ったのか、

「おう。ご苦労」

「あれ?女の子はどこへ行ったんですか?」

「あ?」

・・・いねぇ


*5*


いくら少女とは言え気を抜きすぎた自分の失態に舌打ちしたくなる

・・・しかし、足音も扉の開閉音もしないとはどういうことだ

立ち上がった勢いのままにドアを開くと

・・・いた

「コーヒーを煎れてきたんですけど・・・」

お盆を手に持って少女は突然開いたドアに少し驚いたようだった

それでも持っていたお盆を水平に保ったまま静かに入室してきた

「どうぞ、たしぎ軍曹さん」

「わっすみません。ありがとうございます」

一口口に含むのを見届けて少女が振り向いた

「・・・スモーカー大佐さんもいかがですか?」

「・・・」

じっと見上げてくる少女はどこまでも表情が読めない

怒ってる自分が大人げなく思えてきた

カップに手を伸ばす

「・・・次から部屋を出るときは一声かけてくれ」

「はい。」

軽くなったお盆を膝に乗せて少女はまた椅子に戻る

また重たそうな本を読みはじめた

「何の本読んでるんですか?」

「『現在の裁判と司法の関係改定版八』です」

・・・何だって?

たしぎも同じことを思ったに違いない

口を空けたまましばらく固まっていた

この小さな少女は椅子に座るともう足がつかない。宙に浮いた小さな足の上に置かれた本の1ページをめくる少女と本の名前が一致しない

綺麗な黄金に一滴の橙を落とした瞳はもうこちらを見ていなかった


「ええっと!そうだ!ご飯食べに行きませんか?」

たぎしの必死さが手に取るように分かる

「昨日からまだ何も食べてませんよね?外にはまだ出られないので食堂になりますけど・・・結構美味しいんですよ!」

「何も食べてない?」

思わず聞き返した

夜も朝飯もか?

「・・・」

少女は困った顔をした

「・・・ご飯」

「はい!」

にこっとたぎしが手を差し出せば少女はやや躊躇ったように椅子から降りた

おずおず、と手をのばす

「それじゃあスモーカーさん。お先にお昼頂きますね」

「あぁ。」

少女も小さくお辞儀をした


*6*


「ご飯を食べないんです」

至極真面目な顔で告げるたぎしにスモーカーは顔をしかめた

AM7:00

コーンスープとパンをひとカケラ

AM12:00

パンをひとカケラ。オレンジジュース


「少食にもほどがあるだろ」

手の平サイズの皿にちんまりと盛られた葉っぱ・・・もといサラダは10分前から減ったようには見えない

「・・・これで充分です」

困ったような顔でフォークを置いてしまった子供にスモーカーはため息までついてしまった

相変わらず昼間は執務室で読書、夜はたしぎの部屋で過ごしている

口数が少なく、行動範囲も狭い少女のことは相変わらず知らないことの方が多い

「貴方は分かっていると思ってました」

「あ?」

「たしぎ軍曹さんはともかく・・・」

「何の話だ」

「私のことです」

「・・・それだとまるで自分が普通じゃないと言っているようなもんだな」

「スモーカー大佐さんは『黄金の林檎』を知っていますか?」

「あん?」

一体何の話だ。顔をしかめると何故か少女は真顔だった

無駄に大きな瞳で見つめられるとこちらが居座り悪くなる

珍しい子供の謎かけ。黄金の林檎、ねぇ・・・何を想像するか、最初に浮かんだのは王林だが違うだろう。

昔の学者が林檎を見て偉大な発見をしたことか・・・もっとファンタジーなことを考えれば蛇と林檎が浮かぶ。知恵の実、だったか

「・・・林檎は黄金じゃなきゃいけないのか」

「ええ」

小さな子供は「『黄金の林檎』なんです」ともう一度繰り返した

「・・・喰ったことはねぇな。俺の知ってる林檎より随分堅そうだ」

ふはっ、と呼吸に失敗したような吐息をこぼした

予想外、だったらしい

「・・・ふっ、ふふっ」

そうして堪えきれないといわんばかりに零れる笑い声。笑う姿すらどこかお淑やかだとは恐れ入る。しかし今まで子供が見せた表情の中で一番感情がわかりやすい

「堅そうですか。私は考えもしませんでした。・・・ふふっ林檎ですものね。美味しいのかしら」

「・・・どうだろうな」

「一つしかなかったら誰が食べるんでしょうか」

もいだ奴じゃねぇのか、と言いかけて思い直す。そうだこれは『謎解き』だった。意味のない言葉遊びのようだが子供は何かを伝えたくてこの質問をしてきたんだ

そもそも林檎は何故黄金なんだ?何処にあるんだ?この質問だけじゃ林檎がどんな状態なのかすらわからない

単純にもいだ奴が喰うならそれは略奪をした海賊の所業と何ら変わらない

そうではない筈だ

スモーカーは答えを吟味する

しばらく考えてようやく口を開いた

「・・・例えば種を蒔いた奴がいて水を与えた誰かがいて、日当たりを考えた奴まで別にいたとしたら『黄金の林檎』は誰のものでも無いんじゃないか」

「みんなのもの、ということでしょうか」



「そこまで知らねぇよ。食べたい奴らと『黄金の林檎』で話し合いでもすりゃあいい」

こぞって欲しがるんだったらそれが平等だろう。そしてその『黄金の林檎』とやらが食べられても良いってやつの口に飛び込めばいいだろう。誰にも食べられたくないなら逃げれば良い

果たしてこの答えが子供の求める答えだったのか。その時は分からなかった

ただ大きな目を更に大きくして驚きを表現していた


そして少女は忽然と姿を消した